福岡発のアイドルグループ“LinQ”のメンバーとしてデビューしたものの、人気が出ずにグループをクビになった伊藤麻希さん。プロレスラー転向後、アイドル活動とプロレスを両立しながら多くのファンの声援を浴びるようになりました。

昨年は海外での人気が爆発し、10月にはチャンピオンベルトを奪取。順調なキャリアを積んでいるように見えますが、実はプロレスをやめて他の道を探したいと思っていた時期もあるそうです。

伊藤さんのキャリアが好転したきっかけはなんだったのでしょうか。アイドル時代は望まない自虐ネタで苦しんだ彼女が「ネガティブな言葉は一切口にしない!」と言い切れるまで強くなった理由とは?

結果を出すには目の前のことに集中すべき

伊藤麻希(いとう・まき)。福岡発のアイドルLinQのメンバーとして活躍中の2016年12月にDDTでプロレスデビュー。その後、LinQを卒業して本格的にプロレスラーとしての活動を開始。

──もともと「闘うクビドル」としてアイドル活動と試合を両立していた伊藤さんですが、最近はプロレスに集中しているそうですね。

伊藤麻希さん(以下、伊藤):今は舞台のお声がけもお断りして、プロレスだけに向き合ってます。1本にしたことで貪欲になれたし、自分の足りない部分にもしっかり向き合えるようになりました。ひとつ結果が出ると「もっともっと」って欲が出て、自分でも成長できたって感じてます。

──昨年(2019年)はついにチャンピオンベルトを取りました。海外での試合や外国人選手との試合も増えて、海外のファンがものすごく増えたのだとか。

伊藤:道を絞ったことで逆に道が拓けた感じです。今思うと、アイドル活動と並行していた頃は試合で負けてもどこかに「アイドルもやってるし」っていう意識があったんです。甘ったれでしたね。

「できないことを悔しいと思う気持ちが強くなりました」と語る伊藤さん。

──今は副業ブームで、複数のことに同時に取り組む働き方が注目されていますが、伊藤さん的にはNG?

伊藤:もちろん、保険があって強いとは思います。けど、複数のことを両方頑張って結果を出すなんて、相当器用な人しかできないし、ただならぬ努力が必要。やっぱりどちらかがダメになると思いますね。「二兎を追うものは一兎も得ず」って、本当にその通りなんですよ。伊藤もやっぱりできなかったし。

──目の前のことだけに集中したほうがいい、と。

伊藤:そうですね。たとえば、芸人を目指してるのに、お金がないからってバイトばっかりしてたら、絶対売れないじゃないですか。「絶対一本で食べていこう!」って、自分の飢餓感を煽るほうがいいと思うんです。

「あのことわざは本当です」と語る伊藤さん。道を絞ったことでチャンピオンベルトまで取ってしまった。

どん底で見つけた新たな目標

──道をひとつに絞ろうと思ったきっかけは?

伊藤:ちょうど1年前の1月に挑戦したタイトルマッチでボロボロに負けてしまったんです。負けたことも悔しかったんですが、それ以上に試合を見ているお客さんがシーンとしまって、ヤジさえ聞こえてきたことがショックでした。

お客さんにアピールする表現力やキャラクターには誰よりも自信を持っていたから、自分の試合で会場をそんな状態にしてしまったことが本当にトラウマで。しばらくはお客さん全員が敵に見えてしまうほどでした。

大きな挫折を経験した伊藤さん。どうやってキャリアを好転させたのでしょうか。

──「プロレスラーはお客さんとも闘っている」と言われるくらい、勝敗以上に会場の空気を作ることが重要だそうですね。そんな状態からどうやって立ち直ったんでしょうか?

伊藤:4月にアメリカ遠征があって。試合をしたらすっごい人気で、グッズもめちゃくちゃ売れたんです。その時、やっぱり自分にはプロレスが向いてるのかなって。だったら一回これに賭けてみよう。それでダメだったらまた考えればいいって思いました。

──そこから道が拓けたんですね。

伊藤:この時に海外で活躍したいっていう新たな目標が見つかったんです。目の前のものに集中することで結果がついてくるようになったので、この考えで間違ってなかったなって思っています。

昨年は海外での人気が爆発。プロレス人気が高いイギリスでは現地ファンが作った伊藤さんのステッカーが街のあちこちに貼られているという。

落ち込むからこそ「動かなきゃ」という気持ちになる

──プロレスだけに集中するようになってから成長した、とのことですが、他に行動を変えたことはありますか。

伊藤:他の人の試合を見て研究するようになりました。うまくいってる時こそ、きちんと落ち込むための努力をしなきゃいけないなって。

──きちんと落ち込む???

伊藤:「自分ってヘタクソだな」って、ちゃんと自覚する時間を作るようにしているんです。今の私は、東京女子プロレス(※)の中では中堅的な立ち位置。試合でも結果が出るようになって自信がつきました。でも、ここで満足したら成長が止まっちゃう。自分を慢心させたくないんです。

(※)伊藤さんがレギュラー参戦しているプロレス団体

スター選手の試合を見て、あえてブルーになることで自らの成長意欲を引き出しているという。

──真面目ですね。ちなみに、誰を研究しているんですか?

伊藤:今はまだ余裕がないし悔しいから名前は言いません。ただ日本人選手でうらやましいほどすごい人が何人かいます。普段は専門誌のインタビューでも絶対にこんな話はしないんです。「注目している選手は?」って聞かれても「伊藤です」って自分の名前を返してますから(笑)。

──それだけ強いライバル心があるんですね。

伊藤:圧倒的な才能を見るのって、正直つらいんですよ。以前はバラエティタレントになりたいと思っていて、同世代のアイドルが活躍している姿を見ると本当にブルーになるからTVを消してたんです。でも、今思えば「だから私は売れなかったんだな」って。

「うらやましい、悔しいという気持ちから目をそらしていたから、私は必要とされなかったんだと思う」とアイドル時代を振り返る。

──アイドル時代の反省がしっかり生かされている……。

伊藤:人の真似をするつもりはないけれど、スター選手がどうやって会場を盛り上げているのか、どんなふうにお客さんの心をつかんでいるのかを分析して、自分に取り入れられることはないか常に考えてます。

──今は活躍している人を見てネガティブな気持ちになることはありませんか?

伊藤:ないですね。落ちこむほどすごい人を見ると、「自分も早くあのレベルに行かなきゃ」って思うんです。落ち込むからこそ、どんどん動こうっていう気持ちになる。今は落ち込んだからって動けなくなることはないし、ネガティブな言葉を発することもなくなりました。

──海外志向を口にすることも増えましたね。

伊藤:私は世界規模のスターになりたいし、なるって宣言しています。今はそれを言っても笑う人ばかりだけど、自分は本気でできると思っているから気になりません。本当に根拠のない自信なんですけど。

でも、ずっと口に出していたらできる気がしてくるんですよ。そうしたら練習のやり方も行動も変わるんです。「もっとこうなりたい」って自分がやるべきことも見えてきて、メリットしかないですね。

「世界で戦いたい」と口に出すことで、「もっとこうなりたい」という前向きな気持ちが湧いてくるのだとか。

待ってるだけの人にチャンスは来ない

──アイドル時代に芽が出ずにキャリアチェンジした伊藤さん。世の中には「今の仕事をずっと続けるのか?」と、モヤモヤを抱えながら働いている人もたくさんいるんですが、何かアドバイスはありますか?

伊藤:えー、なんだろう……。

「………」。

伊藤:今は仕事にモヤモヤすることがないから、まったく共感できない!

──えっ、まったくないんですか?

伊藤:ないですね。申し訳ないけれど、モヤモヤしながらも環境を変えることができないなら、結局は自分でその道を選んでいるということ。ずっとそこにいるしかないんだと思います。待ってるだけの人にチャンスは巡ってこない。行動するしかないですよ。

──厳しいですね。

伊藤:夢や目標があるなら応援できるけれど、動けない人って目の前のことしか見てないんじゃないですか? 私は10年単位で先を考えてます。今できないことがあるとして、それは来年、再来年にはまだできないかもしれない。でも、5年後には絶対できると思ってるんです。

そう考えたら別に焦る必要なんてまったくなくて、達成できるまで自分があきらめなければいいだけ。あきらめること自体をあきらめればいい。どんな小さいことでも目標ややりたいことがあるなら、やらない言い訳を探すよりも、できるまで続けろよ! っていうのが私の考え方です。

「伊藤はあきらめることをあきらめました」

クヨクヨしてもいい。でも落ち込むのはその日だけ

──ところで、昨日(2020年1月5日)は、伊藤さんが保持していたインターナショナル・プリンセス王座、3度目の防衛戦でした。残念ながらベルトを失ってしまいましたが、今日の伊藤さんはどこかスッキリしているようにも見えます。

伊藤:完全に負けました。勝敗以上に、技の入り方や駆け引きなど練習でできていたベストな自分が出せなかったことが悔しいです。結局ボコボコにやられたし、スタミナもついていかなかった。

──気持ちは切り替えられましたか?

伊藤:終わったことはしかたないですからね。クヨクヨしてもいいと思うんですけど、落ち込んでいいのはその日だけ。一晩寝たら切り替えることにしてます。

もちろん、「もっとやれたのに」という気持ちはありますが、自分が全力で立ち向かった結果ですから。今の自分ができることっていうのは、結局その程度なんだってことがわかりました。

「何よりも真剣に取り組んでいるのがプロレスだから、プロレスでうまくいかないことがあるとそれがいちばん悔しい」と伊藤さん。

──1年前のタイトルマッチで敗れた時の伊藤さんとは大きく変わったように感じます。

伊藤:あの失敗からいろいろ学びました。今思えば、私は自分を過信してましたね。自分にはキャラクターやタレント性といった強みがあるからと、自分の欠点や足りないところから目を背けていたんです。今、そこを補うために、プロレスキャリア3年にして徹底して基礎的な技術を反復練習しています。

──ストイックですね。アスリートとして年齢を重ねることに不安はないですか?

伊藤:ないです。若いということは、思考も若いし経験値も低いってことですよね。年齢を重ねるというのは、いろいろな経験を通して学びを重ねるということ。私は自分が学んできたことをアウトプットできている実感があるので、今がいちばん充実しています。

きっと、来年の私はもっとすごいことができているはず。これから経験と年齢を重ねていくことが楽しみですね。

伊藤麻希(いとう・まき)

福岡発のアイドルLinQのメンバーとして活躍中の2016年12月にDDTでプロレスデビュー。その後、LinQを卒業して本格的にプロレスラーとしての活動を開始。圧倒的なカリスマ性を持ったマイクパフォーマンスと生き様を映したプロレススタイルで高い人気を誇る。2019年4月のアメリカ遠征をきっかけに海外での人気が爆発。同年10月にはインターナショナル・プリンセス王座を戴冠した。

Twitter:@maki_itoh

HP:東京女子プロレス

取材・文/小沢あや(@hibicoto
撮影/飯本貴子(@tako_i