『週刊ヤングジャンプ』『週刊プレイボーイ』など数々の雑誌の表紙を飾る川崎あやさんは、同業者であるグラビアアイドルからも尊敬されるトップグラドル。昨年7月に2020年3月14日での芸能界からの引退を発表すると、ファンだけでなくグラビア業界にも大きな衝撃を与えました。

今でこそ人気の川崎さんですが、23歳と遅いデビュー、立ち上がったばかりの弱小事務所という逆境から出発し、大きな挫折も経験しました。そんな中で、いかにしてグラドルなら誰もが憧れる雑誌の表紙を飾ることができたのでしょう。

これまで努力は隠すものと考えてきたという川崎さんに、笑顔の裏にあった物語を伺いました。

撮影会では1人しかお客さんがいなかった

川崎あや(かわさき・あや)。1991年生まれ。グラビアアイドルとして芸能界デビュー。驚異のウエスト52センチというスタイルから「くびれスト」と呼ばれている。1月23日には引退写真集『ジャパニーズ グラビア』を出版。

──今ではトップグラドルの川崎さん。もともと芸能界を目指してたのでしょうか。

川崎あやさん(以下、川崎):私にはずっとやりたいことがなかったんです。大学では就職活動もしたんですが、入りたい会社もなくて。結局、親の会社で働くことになりました。そんな私もキラキラしたくてサロンモデルの仕事を始めたんです。その時に、今の事務所のマネージャーさんに声をかけられて芸能界入りしました。

──新人グラドルのうちは水着での撮影会が主な仕事だったそうですね。人気はすぐに出ましたか?

川崎:最初は全然。他の子の撮影場所にはいっぱい並んでるのに、私には1人しかお客さんがいないし、目に見えて人気の差がわかる。つらかったですね。でも仕事が嫌にはならなかったです。どうしたらあの子たちみたいに私も並んでもらえるのかなって、そればかり考えてました。

ずっとやりたいことがなかったという川崎さん。新しいことに挑戦できるワクワク感が大きく、水着の仕事に抵抗はあまり感じなかったそう。

──前向きですね。お客さんに来てもらうためにどんな努力をしましたか。

川崎:スタイルが近い吉木りさちゃんの写真集などを見てポージングの勉強をしたり、同じ衣装だと飽きられるので、撮影会のたびに衣装やヘアメイクを変えました。すると徐々に並んでくれる人も増え、毎回来てくれる常連さんの数もどんどん増えていきました。

人気グラドルの先輩から学んだこと

──努力のかいあって、2016年にはグラビア賞「ミスFLASH」のグランプリに輝きました。

川崎:ミスFLASHになったことで、人気グラドルが集まる「ビジュアルクイーン撮影会」に出させてもらったんです。倉持由香ちゃんや青山ひかるちゃん、鈴木ふみ奈ちゃんなど憧れていた方と一緒に仕事ができたんですが、彼女たちを見ると、まだまだだなと痛感しました。

──どんなところでそう感じましたか?

川崎:ポージングも全然レパートリーがないし、向けられるカメラの数もTwitterのフォロワー数も全然違う。もっちーさん(倉持由香さん)と一緒に写真を撮ってTwitterにあげると、いつもと反応がまったく違うんです。どうしたらもっちーさんに追いつけるか。まずはお手本にしようと火がついて、SNSの勉強が始まりました。

人気グラドルたちと一緒に仕事をしたことで、自分はまだまだだとやる気に火がついたという。

──Twitterではどんなことを倉持さんから学んだんでしょうか。

川崎:まず気づいたのは更新頻度でした。私は本当に少なくて1日に2、3回くらい。もっちーさんは1時間に1回はツイートしていたので、すぐお手本にしました。あとは水着の写真の撮り方。もっちーさんは武器であるお尻がメインの写真をアップしていて、じゃあ私も何かアピールポイントが必要だなと思いました。

お尻ではもっちーさんに勝てないし、胸はない。どうしようと考えた時、その2つの真ん中にある「くびれ」を推していこうと思いつきました。その頃は56センチとかでしたけど、そこからくびれを強調するためにいろいろと筋トレをしたりして52センチになりました。

──「くびれスト」の誕生ですね。SNSで結果はすぐに出ましたか?

川崎:次の年の「ビジュアルクイーン撮影会」に出る頃にはフォロワーは1万人から10万人に増えていました。カメラを向けるファンの方が4列くらいになっていて「後ろの人撮れてるの?」と思うくらい多くて、すごく嬉しかったですね。

川崎さんの話からは、どうしたら結果につながるのか、自分に足りないものを理解してそれを埋める努力を続けてきたことが伝わってきた。

悔しさを押さえ後輩を応援してつかんだチャンス

──グラビアに対する努力をして、きちんと結果も出してすごいです。ただ、それでも雑誌の表紙の話はなかなかこなかったそうですね。

川崎:当時(2017年)は、表紙で初めて水着になる「初水着・初表紙」が流行ってました。フレッシュさが求められてたんです。あとは声優さんが表紙になることも増えてきて「グラドルってどこで仕事をすればいいんだろう」と悩みました。

表紙になっている子を見るとTwitterのフォロワーは3000人くらいで、事務所はやっぱり大手。「フォロワー数って意味ないんだ。今まで何を頑張ってたんだろう」と挫折を味わいました。

自分の努力では解決できない壁に突き当たり、挫折を味わったという川崎さん。

──自分の努力で解決できない問題だけにつらかったことと思います。

川崎:そんな時、事務所の後輩のアンジェラ芽衣ちゃんがいきなり『週刊プレイボーイ』で初表紙になったんです。正直いうと「また初水着・初表紙パターンじゃん」とすごく悔しかった。

──事務所の後輩が表紙に……。それは悔しいですよね。

川崎:でも、当時のアンジェはまだ新人。「不安なんです」と泣いている姿を見て「そうだよね。プレッシャーもすごいよね。だったら何かできることをしてあげたい」と思って、どんどんSNSでアンジェの表紙をPRしたんです。正直に言うと、アンジェの表紙の評判が良かったら、自分にもチャンスが回ってくるかもという思いもありました(笑)。

後輩を応援した時の気持ちを聞くと、「優しさと打算が半分半分(笑)」。

──実際にアンジェラ芽衣さんの表紙が、チャンスにつながったのだとか。

川崎:アンジェの表紙のお祝いパーティーで、週プレの編集さんと『週刊ヤングジャンプ』の編集部さんがたまたま一緒に来られて、お話をする機会があったんです。そこで「ぜひヤンジャンに出させてください」と訴えたら「今度編集部に来てください」と言ってもらえました。

──自分から売り込んだんですね。

川崎:絶対にグラビアを決めたかったので、編集部のカフェスペースで机にドハイレグの水着をいっぱい並べて「私、こんなの着られます」と必死でプレゼンしました。ヤンジャンさん(週刊ヤングジャンプ)の反応も良くて、巻末グラビアが決まったんです。すると、今まで全然見向きもされなかった雑誌から「ヤンジャン決まったのなら、ウチも」と、どんどん声がかかるようになりました。

悔しい気持ちを押さえて後輩を応援したことが、自らのチャンスにつながった。

次につなげるには雑誌を売らなきゃいけない

──雑誌に載り出すと「川崎あやのグラビアを載せると雑誌が売れる」と言われるようになりました。

川崎:売れるというか、次につなげるには売らなきゃいけないと思ってました。どうやったら私が載った雑誌が売れるだろうって必死で考えましたね。発売記念イベントを開いて、買ってくれた方にサインや握手をしたり、自分で缶バッジを作って無料配布したりしました。

雑誌編集部の方は、読者アンケートの声をすごく見ているんです。だから、アンケートを集めるために、「読者アンケートはこう書くよ」とSNSにやり方を動画でアップしたりしました。つかんだチャンスは逃したくなかったんです。

──2018年3月に『週刊ヤングジャンプ』の初表紙を飾ります。テレビにも出ていない、活動歴の長いグラドルがヤンジャンの表紙を飾るのは奇跡的なことでした。

川崎:若くて初水着が多いヤンジャンさんの中で、私は27歳と年齢もかなりお姉さん。2回目にセンターグラビアを掲載してもらった時には、「もう表紙は無理かな」とも思いました。でも絶対に表紙になりたいから、絶対この号を売るぞって決心してイベントをしたんです。

すると3回目のお仕事で「表紙に決まりました」って言っていただけて。嬉しかったです。やっとだ……、やってて本当に良かったって泣きました。

「つかんだチャンスは逃したくなかった」と多くの努力を重ねた川崎さんはついに『週刊ヤングジャンプ』で初表紙を飾ることに。

後輩のために望まない仕事も頑張った

──その後、数々の雑誌の表紙を飾り、さらに活躍すると思われていた2019年7月に、突然今年3月をもっての芸能界引退を発表しました。反響も大きかったのではないですか。

川崎:はい。いろんな雑誌の表紙が決まるようになり「嬉しいな、これからもグラビアをやっていきたいな」と思っていたところでした。でも注目が集まるとグラビア以外のお仕事、バラエティー番組やドラマ、舞台のオファーもいっぱいいただけるようになって。

──女優やタレントへのステップアップとしてグラビアアイドルをやる人は多いですが……。

川崎:私には向いてないんです。ドラマにも向かないし、演技レッスンも受けていないのに舞台の主演の話もいただいて、しかも結構有名な舞台……。できるわけがないじゃないですか。だから、演技の現場には行くのもつらかったです。

多くのオファーが届くようになり、さらなる活躍が期待されたタイミングで川崎さんが引退を決意した理由とは?

──でも周囲は川崎さんにようやく訪れたチャンスだし、絶対つかんでほしいと思っている。

川崎:マネージャーから「この仕事を受けたら、事務所の後輩の仕事にもつながるかもしれない」と言われた時にハッとしました。後輩のみんなが「ドラマに出たいです」「バラエティー番組に出たいです」と夢を語っていたのを思い出して、もし新しい仕事で私が評価されたら後輩の仕事につながるかもしれない。それならもう少しと仕事を頑張ったのが2018年でした。

引退は考え抜いた末に出した結論

──他人のために頑張る。美談ではあるんですが、心身ともにきつい状況ですよね。

川崎:「次はドラマだね」「ゴールデンのバラエティー番組に出られるといいね」というファンの声が増えていきました。ああそうか、やっぱりそう望んで応援してくれているんだと思ったら、またつらくなってしまったんです。

私はファンの方との交流や撮影会が好きだからグラビアをずっとやっていきたいけど、みんなはもっとテレビに出て有名になっていく川崎あやが見たい。そうできない自分がすごく申し訳なくて……。

「写真集の仕事で行ったスペインへ旅行に行きたいです。結婚はまったく予定がありません」と引退後について語ってくれた川崎さん。

──それが芸能界引退につながっていくんですね。

川崎:「テレビには出たくないです。撮影会だけで生きていきたいです」と言うこともできました。でも、それは事務所の後輩たちにあまり良い影響を及ぼさないと思ったんです。みんなは「もっとCMに出たい」と思ったり、ドラマを目指して演技レッスンに通ったりと頑張っている。それなのに先輩の私が現状維持がよいと言ってしまったら……。

考えた末の答えが「いっそすべて辞めよう」という決断でした。その決断に後悔はありません。

──今、引退後はどんなことがしたいと考えていますか?

川崎:引退後のことはまだ何も考えていないです。とりあえずしばらく仕事はしたくないかな。

グラビアっていまだに偏見の目で見られることはあります。でもグラビアは人生で本当に夢中になれたものがなかった私にとって、初めて夢中になれたものです。すごく誇りを持って仕事をしていたし、辞めた後もグラビアをやっていたことを隠そうとは思いません。だってグラビアは私の大好きな仕事なので。

川崎あや(かわさき・あや)

1991年1月3日生まれ。神奈川県出身。身長167cm、B80・W52・H88。グラビアアイドルとして芸能界デビュー。驚異のウエスト52センチというスタイルから「くびれスト」と呼ばれている。2015年に「プロが選ぶアイドルDVD賞2015」ウエスト賞、2016年「ミスFLASH」グランプリを受賞。『週刊ヤングジャンプ』など数々の雑誌の表紙を飾る。1月23日には引退写真集『ジャパニーズ グラビア』を出版。

Twitter:@kawasaki__aya

Instagram:@kawasaki__aya

取材・文/徳重辰典(@tatsunoritoku
写真/佐野円香(@madoka_sa