平成で絶滅したという説もある「ヤンキー」ですが、大ヒット曲『One Night Carnival』で知られる氣志團は、TVもフェスでも大活躍。

フロントマンの綾小路 翔さんは、意外にも会社員だった経験があるそうです。令和も自身のスタイルを貫く綾小路さんに、仕事に必要なヤンキーイズムを教えてもらいました。

 「枠の中で個性を出す」ヤンキーこそ会社員に向いている!?

綾小路 翔(あやのこうじ・しょう)。4月26日生まれ。千葉県木更津市出身。1997年、氣志團を結成。2001年メジャーデビュー。

──今回は、ヤンキーという「超縦社会」を生き抜いてきた綾小路さんに、ビジネスという縦社会を生き抜くヒントをいただきたいと思います。よろしくお願いします。

綾小路 翔さん(以下、綾小路):いや、そんな、自分なんぞが人様に語れることなんて大してないのですが……何卒夜露死苦お願い致します(笑)。でも、ヤンキーって、実は超会社員向きなんですよね。

──そうなんですか? どんなところが……?

綾小路:ヤンキーって、みんな文句言いながらも、ちゃんと学校行くじゃないですか(笑)。本当に社会性がなかったら、毎日集団行動とかムリですし、短ランとか長ランみたいに改造はするけど、一応「制服」を着るし。

──校則は破るけど、ベースとしてはちゃんと学生生活やってる、と。

綾小路:ヤンキーは基本的に群れるのが好きだから、組織でも活きるんです。郊外の地域社会って、実は元ヤンが支えてたりしますしね。お祭りとか、青年会だとか、地域の伝統を受け継いで貢献してるのって、意外と元ヤンだったりするんです。 職人になる人もたくさんいるし、ヤンキーがいなかったら、意外と社会が成り立たないんじゃないかなって。

──確かに、先代へのリスペクトや、地元を大切にする方が多いですものね。

綾小路:最近の社会人って、会社にとらわれない自由な発想が必要。代々続くものを守りつつも、時代に合わせて、ちょっとずつ臨機応変に「カスタマイズ」するのが大事だと思っていて。ルールや枠組みの中で個性を発揮できるのが、ヤンキーの圧倒的な強みだと思うんです。

弱点は、過去の栄光にとらわれちゃうことと、気合い入れすぎて、10代で全部燃え尽きちゃうことかな(笑)。だから、社会に出てからは真面目に働いてる人ばかりなんです。

「ヤンキーって実は会社員向きなんです」と語る綾小路さん。その理由を聞いて取材スタッフは全員納得。

仕事相手とは常に対等。お金の話もきちんとする

──綾小路さんが仕事をする上で一番大切にしていることは?

綾小路:僕は仕事をすると決めた方とは常に仲間として接することを心がけています。自分みたいな者が頭を下げると驚かれることもありますが、それは決して媚びではなくて、人としての礼儀でして。一緒にいい仕事をするには、対等な仲間でいなきゃいけないと思うんですよ。今の事務所と契約する時も、待遇のことからきちんと話しました。

──就活でも、給料面は気になるけど、こちらからは聞きづらいトピックです。

綾小路:お金の話をするのは野暮だという人も多いけれど、後々そこで揉めることのほうが嫌で。僕らは主従関係ではなく、パートナーですから。今も契約交渉は積極的にしますよ。もちろん、わかりやすい売り上げを出した時だけ、ですけど(笑)。

──パートナーだからこそ、しっかり交渉するんですね。

綾小路:そんなに得意なわけではないのですが、一緒に働く仲間という意識が強いので、常に気持ちのいい関係でいたいという思いの表れだと思います。

そういえば中学の時、兄弟で新聞配達のバイトをやってたんですが、弟が働いてた営業所は給料が自分の倍だったんですよ。仕事量は自分のほうが多かったこともあって、所長にお話を聞きにいって。

中学生にしてバイト先の所長に給料の交渉をしに行ったというから驚き。

──バイトで賃上げ交渉ですか!?

綾小路:「自分は所長のところでこのまま働きたいと思っているのですが」と、こちらの気持ちを伝えた上で「でも、競合他社は給料を今の自分の倍出しているらしいのです」と事情を話しました。お世話になっている方ですから、とにかく給料を上げさせようと脅迫したわけではないです(笑)。

ただ、当時の僕にとって給料倍は正直魅力でしたし、こちらの質問や相談を受けて、所長がどんな対応をしてくれるか、そこに興味があったんです。

──結果はどうでしたか?

綾小路:「少し待ってくれ」とは言われましたが、きちんと考えてくれました。いきなり倍の給料にはならなかったですが、まずは基本給をあげてくれて。配る部数を増やしたり、折り込みの仕事も手伝うことで相応の金額に近づくようにしてくれました。時々はボーナスもくれたり。

まあ、結局のところ仕事は増やされたんですけどね(笑)。でも、「この人はちゃんと、俺の気持ちに応える努力をしてくれるんだな」ってことがわかって、安心できたし、納得もいきました。単純に自分は気持ち良い環境で働くのが好きなだけなんですね。つまり、別に交渉はうまくないです(笑)

「自分は所長とこのまま働きたい」と切り出す交渉術は、とても中学生のものとは思えない。

会社員時代に学んだことは今も活きている

──綾小路さんは、会社員経験もあるんですよね。

綾小路:上京したいという一心だけで、石油販売の会社に正社員として就職しました。学生時代、地元のガソリンスタンドでもアルバイトをしてたんですが、今思えば相当楽をさせてもらっていて。基本お店の中で待機して、お客さんが来たら表に出ていく。アイドルタイムは自分のバイクをいじっていても良くて。

そんな経験もあり、「スタンドの仕事なんて簡単だぜ!」だなんて甘い考えで就職したんですが、当然そんなわけがなくて(笑)、当時の東京はガソリンの価格戦争が勃発していて、うちは決して大きな会社ではなかったので、サービスの徹底を叩き込まれました。

──大変だったんですね。

綾小路:おかげできちんとした言葉遣いが身につきましたし、組織の仕組みがわかったことが何より大きかったですね。「大人と仕事をする」ということを学べたのが、今も役に立ってるように思います。

──会社員の良さって、どこにあると思いますか。

綾小路:労働の対価って、手取り給料だけじゃありません。社会保険もそうだし、福利厚生であったり。大きなローンも会社の看板があってこそ組めたりするわけですから。会社が守ってくれる部分って大きいですよね。ミュージシャンなんていうやくざな商売やっている身としては、ホント心細いものですよ(笑)。

これからは起業する人やフリーランスとして働く人が増えていくと思います。でも、会社で身につくような仕事の基本やコミュニケーション、礼儀って大事です。どんな仕事も、周囲の人の協力がなければ、成り立たないですから。もちろん、そんなの関係なく飛び越えていくことができる天才は別ですけどね(笑)。

会社員時代をエピソードを交えながら「会社で身につくような仕事の基本やコミュニケーション、礼儀って大事です」と話す綾小路さん。

──綾小路さんが働くうえで、会社員時代からずっと意識していることはありますか?

綾小路:言葉遣いですね。子どもやヤンキー同士の喧嘩だったら、腕力だけ鍛えればそれでいいのかもしれないけど、社会人になったら絶対通用しない。単純にリスクが高いし、たとえ相手が理不尽であろうと、上司にキレたところで誰も得しないですもんね。経験上、どんな状況でも、声を荒げてしまうと相手にこちらの考えは伝わらないと思ってます。

普通の人間は他と同じことをやっていたら勝てない

──いろんな音楽に触れてきた綾小路さんが、氣志團としてとして「ヤンク・ロック」を掲げることになったのには、どんな背景があったんでしょうか。

綾小路:王道をやればやるほど、自分に能力がないと気づいちゃったんです。僕はマニア気質じゃないし、何かに固執することもなかった。憧れている人もいたし、王道ロックの様式美に今も夢中。

でも、僕がやりたいと思うことなんて、他のみんなもやりたいに決まってる。僕には0からものを作る才能がないから、人のマネをどんなに頑張っても1番にはなれない。それどころかスタートラインにも立てない。「このままだと、俺たちの順番は永遠に来ないな」と思ったんです。

──そこで独自の路線を切り開いたんですね。

綾小路:そうそう。人気の枠はどこも行列なんだから、違う場所に自分だけの椅子を置けばいいかなと。ツッパリの系譜でいうと、キャロルとか横浜銀蝿という偉大なる先人たちがいましたが、90年代半ばはぽっかりと空いてたんです。僕たちは、しれっとそこに「ヤンキー」っていう椅子を勝手に作っただけで(笑)。

われわれのような普通以下の人間は、他の人と同じことをやっていたら勝てないですからね。王道を、自分なりにカスタマイズする能力こそが、己の数少ない武器だと思ってます。

「人気の枠はどこも行列なんだから、違う場所に自分だけの椅子を置けばいい」と人と違うことをすることの大切さを教えてくれた。

──学ランカスタムと同じ発想ですね。

綾小路:「ロックバンド」だと、競合だらけで大変ですしね(笑)。「ヤンキーがロックしてる」って面白いし、実の実の実は王道。あとは僕たちの強みだけを意識していけばいいですから。

覚悟と責任があるから自分で決める

──『One Night Carnival』のヒットは2002年。今もDA PUMPさんの『U.S.A』や星野源さんの『恋』など、人気楽曲の要素を取り入れたアレンジで盛り上がっています。フェスでは関連楽曲を3曲もやることも。「最新の曲だけ」でセットリストを組む人もいる中、どんなこだわりがあるんでしょうか。

綾小路:フェスは門戸を広げる場なので、多くの人に楽しんでもらえることを第一に考えているのは事実です。けれど、お客さんに媚びる、というのとは違います。

昨日もセットリストについては氣志團のグループLINEで話し合いがあったんです。「もっと新曲で攻めよう」とか「わかりやすいことをしよう」、「追いかけてくれてるファンが喜んでくれる曲をやろう」とか、さまざまな意見が飛び交いました。でも、みんな最終判断は僕に任せてくれました。

バンド内でいろいろな意見が出ても、メンバーが最終判断を綾小路さんに任せてくれる理由とは?

──メンバーの反対意見もある中で、綾小路さんが自分の意見を通したのは、なぜでしょうか。

綾小路:反対意見っていうわけじゃないんです。みんなお互いのことを信頼しているので、あくまでも意見の交換であって、ムキになって張り合うこととかは全然ないんです。僕からすればすべてが正解だと思うし、でも受け取る側にとったら不正解の場合もある。

だからこそ誰かが責任を持たなくてはいけないし、それには強い決意と勇気が必要。自分は氣志團の團長で、このバンドのケツを叩くのも拭うのも僕の仕事です。僕にはその覚悟と責任があると理解してくれているからこそ、最後は僕が決めるべきだとみんなも信じてくれているんだと思います。

──話し合いとチームマネジメントがばっちりなんですね。氣志團が20年以上続く理由がわかりました。

綾小路:結局、仕事に一番大切なことは「その判断に、覚悟と責任が持てるか?」という部分だと思っています。メンバーを選んだのは自分。彼らを信じられないというのは自分を信じられないということだし、氣志團の音楽やステージングも然り。

みんなに安心して活動してもらえるように、今後も昭和気質のブレインストーミングとトライアル&エラーを繰り返しながら、邁進して参ります!!

……なんて言っちゃうと、もし今後メンバーが何かやらかした時は、全部俺が責任をとるということですよね……。みんな、俺たちは21世紀のネオヤンキー、ステレオタイプの悪いことは禁止だからね〜(笑)!

綾小路 翔(あやのこうじ・しょう)

4月26日生まれ。千葉県木更津市出身。1997年、氣志團を結成。2001年にメジャーデビュー。2003年、地元木更津で「氣志團万博2003」を開催し、4万人を動員する。2006年より氣志團の活動を停止するも2009年春に再始動。ソロとしてもさまざまなシーンで活躍中。

公式HP:氣志團 MIDNIGHT SPECIAL THE KNIGHTS KISHIDAN FROM ROUTE 127 OF FAIRIES.

Twitter:@ShowAyanocozey

取材・文/小沢あや(@hibicoto
写真/佐野円香(@madoka_sa