NHKの顔として、「麿」の愛称で親しまれていた登坂淳一さん。看板アナウンサーだった彼がNHKを退局したのは、2018年のこと。

真面目で堅いイメージだった登坂さんですが、フリーになってから、YouTubeで過激な文章を朗読したり、TikTokでは可愛いダンスを披露しています。40代にして予想外の路線変更ですが、これも時代の流れをくんでのことだそう。

「もともと、夢ややりたいことがなかった」と話す登坂さんが、キャリアを切り拓くために自身に課していたこととは?

「自分」を抑えていた会社員時代

登坂淳一(とさか・じゅんいち)。1971年生まれ。「麿」の愛称で親しまれた元NHKアナウンサー。NHK退職後は、フリーアナウンサーとして活動。バラエティ番組出演やYouTuberとしての活動が注目される。

──フリーになってからの発言や動向、びっくりしました。NHK時代は真面目なイメージがあったので。

登坂淳一さん(以下、登坂):やっぱり、堅いイメージが強いみたいですね。これまでは、自分のことを話す必要がなかったんですよ。「個人のことを、電波に乗せていいのかな?」「いや、必要ないよな」と、抑えることが多かったんです。

──今は、殻を破っているんですね。深夜番組では、マツコ・デラックスさんの下ネタを真っ向から受けていて「えっ、登坂さん大丈夫なの?」とハラハラしちゃいました。

登坂:僕自身、戸惑いはありました。NHK時代は、「コレを言おう」より「アレを言ったらダメ」が常に頭の中にあったんです。自分のコメントをする時も、出演者全体のバランスを見て発言していました。善くも悪くも、八方美人でしたね。でも、フリーになってからは、僕自身の経験や知識に基づいたコメントが求められるようになりました。

──YouTubeチャンネル『登坂淳一の活字三昧』も、登坂さんがHIPHOPの過激な歌詞を読み上げる様子がネットニュースなどで大きな話題になりましたね。

登坂:フリーになって、バラエティーなど、これまで一切やったことがない仕事をするようになって、もっと自分を出したほうがいいと思うようになったんです。「SNSで個人の発信するうえで、僕なら何がいいのかな?」と考えて、まずはやってみようと。

「善くも悪くも八方美人でした」とNHK時代を振り返る。

──YouTubeの発信内容は、なぜこの方向性になったんでしょう?

登坂:デジタルネイティブ世代のスタッフに意見をもらって考えました。色んなアイデアが出ましたが、僕がやれることは、「世間にあふれている文字情報を読んで、わかりやすく伝えること」だと思って、朗読スタイルになりました。毎回、読む題材も工夫して選んでいますが、権利関係やコンプライアンスはしっかり守っています(笑)。

Tik Tokにも挑戦して新たなファンを獲得

──YouTubeだけでなく、Tik Tokも振り切ってますね。

登坂:最初はTwitterを始めたんですけど、なかなかフォロワーが伸びなかったんです。「じゃあ次はYouTubeを」と取り組んだけど、それも最初はイマイチでした。考えた結果、「インスタはライバルが多いし、若い子に人気のTikTokをやってみよう」と。

TikTokでは、NHK時代からは想像できない登坂さんの姿が。

──インスタに行かず、まだ有名人が比較的少ないTikTokを狙ったのは、戦略的ですね。

登坂:今では、僕のことを知らない10代もフォローしてくれるんです。「このおじさん、子どもの時になんか見たことある」くらいのフォロワーさんも多いですね。

──新たなファンも獲得できているんですね。

登坂:ギャップが強みになっているんだと思います。この間、TikTokをアップするために、外でダンスしてたんですよ。そしたら、若い子がこちらをずっと見ていたんです。「TikTokやってたら、一緒にコラボ動画撮りませんか?」って、思わず声をかけちゃいました。

──えっ、登坂さんからですか。

登坂:はい。一緒にダンスして、彼らのアカウントでアップしてもらいました。昔では考えられない交流ができて、おもしろいですよ。エゴサも、たまにします(笑)。

@tosakajunichi

#絵文字チャレンジ #tiktokテキスト #テキスト #ダンス #登坂淳一 #登坂アナ #meme

♬ Treasure – jloveswebtoon13

仕事で「NOは言わない」のがポリシー

──今はフリーでのびのび働いている登坂さんですが、会社員時代、競争が激しい大きな組織で、やりたい仕事にたどり着くために努力していたことはありますか?

登坂:そもそも僕、昔からやりたいことがなかったんです。「報道がやりたい」と思ったことも、まったくなくって。

──えっ、そうなんですか? アナウンサー職って、夢ややりたいことが明確にある方が多いイメージがありました。

登坂:僕のことを「ニュースキャスター」だと認識している方が多いんですが、スタジオでニュースを読む仕事をするようになったのは、新卒8年目から。ずっと地を這うような仕事をしてきたところに、やっと抜擢してもらえたんです。

「もともとやりたいことがなかった」という登坂さんが仕事で大事にしていることとは?

──それまでは、どんなことをしてきたんですか?

登坂:その前の7年は、地を這うように何でもやりましたよ。地方局だったので、原稿を読むだけじゃなく、取材やリサーチもやりました。館内紙の制作もしましたし、他の職種の方がどんな仕事をしているか見て学んだり。アナウンサー以外の仕事も、積極的に引き受けていましたね。

──「これは僕の仕事領域じゃないな」と、モヤモヤを感じることはありませんでしたか?

登坂:なかったですね。僕のポリシーとして、「NOと言わない」があるんです。

──えっ、意外と体育会系ですね。先輩や上司に対して、ということですか?

登坂:誰かに対して、というよりは、基本的には「自分自身に対してNOと言わない」ですね。仕事は、何でもまず受けてみる。「やったことがありません」とか「これやるんですか?」なんて、反抗は絶対にしないです。

──やりきれるかどうか怪しい時、堂々と「やります!」って言えないかもしれません。

登坂:そもそも、やってないうちから断るのって、もったいないですよ。自分でも、未経験のことは判断できないんだもの。何もしないうちに「無理かも」とか「できなかったら」とネガティブに考えていたら、チャンスを逃してしまいますから。

「やってないうちから断るのはもったいない」と語る登坂さん。

──具体的に、NOと言わなかったからつかめたチャンスは?

登坂:大きな転機は、2002年12月の「和歌山毒物カレー事件の一審判決公判」の特設ニュースですね。断続的とはいえ8時間に及ぶ、長時間の放送。和歌山地裁前にテントを構え、そこから生放送で判決を伝える大仕事でした。

その後担当した「正午ニュース」もそうです。政治経済国際から文化芸能まで、本当に幅広い最新情報を最前線からお伝えしたんです。常に、知らないことや新しいことに揉まれる日々でしたが、「最善を尽くし、やり抜く」という信念を持って自分を鼓舞してやってきました。

仕事を成功させるために、できる準備はすべてする

──自分の専門外の仕事を受ける時に、意識していたことはありますか?

登坂:仕事を成功させるためには、やったことがない構成の番組でも、放送日を迎えるまでに、自分ができるありとあらゆる準備をすることですね。力不足で上手くいかない時でも「自分の中ではベストを尽くした」と思えることが大事ですから。おかげで僕、仕事上の後悔がひとつもないんです。

──自分の中で罪悪感を持たないためにも、準備は必要ですよね。

登坂:本番に臨む際には、「想定はあくまでも想定」と割り切ることも大事です。時には、準備してきたものを捨てる勇気も必要です。

たとえば、著名な方にインタビューをする時にも下調べをしっかりする。でも、自分が準備してきた質問にとらわれ過ぎると、相手の話を聞いてない状況になりがちです。相手の表情や仕草、そして語ることばを聴きながら、相手の気持ちが「動く」瞬間を逃さないようにしつつ、そこへ問いを投げるようにしていました。

「仕事上の後悔がひとつもない」と言い切れるのはすごい。

──想定準備はしつつ、臨機応援な対応。続けるだけで、鍛えられそうですね。

登坂:どんな業務でも、仕事で得たスキルは、どんどん蓄積されます。「やってきた仕事」が、自分の未来につながることもあります。極端な考え方ですけど、「やりたいこと」にとらわれたり、こだわったりしないのも大事だと思うんです。まずは組織内で仕事を認めてもらって、「任される領域」を増やすことが大切ですよね。僕は、その積み重ねでここまで来ました。

──今は「好きなことを仕事にしよう」という空気があるので、みんな「やりたいことってなんだろう?」と迷ってしまうのかもしれないですね。

登坂:今の若い方って、日本経済が暗くなっている状況で育ってるから、不安があったらきちんと調べるし、いろんなことを知っているんですよ。それだけに、考えすぎてしまってとどまってしまうのはもったいないなと思います。

──やりたいことや目標がわからない場合、何から始めたらいいでしょうか。

登坂:自分が持っているスキルだけでなく、「やったことないこと」を書き出してみるのがいいですね。「やってきたこと」より、自分がやったことがないことのほうが把握しやすい。棚卸しして、やったことがないジャンルの仕事にトライしてみるのがいいかもしれません。いくつになってもチャレンジはできる。やりたいことがなくても、いくらでも拓ける道はありますよ。

登坂淳一(とさか・じゅんいち)

1971年生まれ。「麿」の愛称で親しまれた元NHKアナウンサー。NHK退職後は、フリーアナウンサーとして活動。バラエティ番組出演やYouTuberとしての活動が注目される。

YouTube:登坂淳一の活字三昧

TikTok:@tosakajunichi

取材・文/小沢あや(@hibicoto
写真/鈴木勝