どうすれば仕事を面白くできるのか? そもそも仕事は面白いものなのか? なぜ仕事にやりがいを感じられないのか? 仕事とやりがいの関係性は?

毎日のように、そんな記事がネットに出回っているのを見かける。それはきっと、“仕事が面白くない・楽しくない”と悩む者の多さからだと予想がつく。

……他人事のように言い放ってしまったが、サラリーマンとしての10年を振り返ると、僕にとっても仕事はほとんど苦行でしかなかったように思う。

ただ、最近はちょっとだけ仕事を楽しく感じられるようになり、その姿を見た周囲から“楽しく仕事をするコツ”について、聞かれる機会も増えてきた。

改めて自分のマインドや環境の変化について見直したところ、仕事を楽しんでいる人には共通点があることに気づいたので、ここで紹介したい。

結論から言うと、仕事が楽しく感じられるようになるためのポイントは2つある。ひとつは、「活躍≒楽しい」。もうひとつは「インパクト≠やりがい」だ。それぞれ紐解いていこう。

“認めてもらえる”と感じられる仕事は楽しい

当たり前だと思うかもしれないが、自分の功績が認められる(=活躍できる)と楽しい。しかし、わかっているはずなのに「苦手克服」を仕事選びの基準に置き、結果的に“楽しい”から遠ざかっている人は少なくない。

たとえば、仕事を選ぶ時に求めるものとして「成長」できるかどうかがある。誰もが1度は言った(考えた)ことがあるのではないだろうか? 僕自身も就職や転職の面接では、「御社で成長したい」「成長できる環境が御社にはあると考えています」などと、言っていた気がする。

ただ、その「成長」は“苦手を克服しなければ得られない”と勘違いしていないか? むしろ「苦手克服」は、爆速で「成長」するためなら避けて通るべきなのだと今なら思える。

要は、“たいして努力せずとも、自然にできて褒められたこと”や、“他人はなかなかできないが、自分は簡単にできること”の中にこそ、強みや才能の種は隠れており、それを伸ばすことが仕事を楽しむための最短ルートになるはずなのだ。だからこそ、“仕事選びの時点で歯車が狂っていないか”を、是非思い出してみてほしい。

「できること」をアピールするのは大切なコミュニケーション

10年ほど働いてきた過去を振り返ると、そもそも“働きながら苦手を克服する”という考え方自体が生産的ではなかったし、そのスタンスは自ら不利な状況を作ってしまっていたとさえ感じる。

「会社は学校じゃない」とはよく言ったもので、お金をもらいながら苦手を克服することの難易度は高い。苦手を仕事にした場合、短期的に成果を出すことのハードルが高く、上司に怒られたりする中で自分を責めることもしばしば。欲しかったはずの自信が遠のいていく感覚に陥る。

残念ながら、あなたが頑張って克服したことを、努力せずともできる人はたくさんいるし、苦手は簡単に強みや自信にはならない。逆を言えば、あなたが当たり前にできることを難しいと感じる人だってたくさんいる。

だからこそ、努力しなくてもできることを仕事にすると、早めに結果が出やすい。結果が出ると期待され、新しい仕事を振ってもらいやすいなど、いい循環が生まれる。自分の存在価値を示すために、得意(自分にしかできないこと)を伸ばすやり方は、ひとつの正解なのではないだろうか。

そうは言っても選択権がない状況もあるだろう。ただ、自分で部署や仕事内容を選べなくても、得意を上司や会社全体に知ってもらうことは有効だ。昔の上司に、「できることをアピールするのは、仕事をやりやすくする上での大切なコミュニケーションだ」と言われたことをよく覚えている。

苦手を克服しない選択は、かなり勇気がいると思う。得意な領域にもライバルは存在するし、順風満帆にはいかないこともあるだろう。しかし、苦手なことで毎日怒られて、自信を失い続けるよりはマシだ。聞けば当たり前に感じるけれど、実際に実践している人は多くない。そのシフトチェンジをするだけでも、仕事は今より楽しくなるだろう。

大きな仕事に関わることが「やりがい」につながるという勘違い

ここまで「活躍≒楽しい」について話してきたが、もうひとつの「インパクト≠やりがい」に関しても説明したい。

入社前には多く聞かれるが、入社後には消えてしまうことが多い言葉に、“社会に大きなインパクトを与えるような仕事がしたい”がある。

かつて僕自身も、「どうせやるなら大きいことがしたい」、「社会や人に影響を与えたい」と口走っていた。おそらく当時は、「やりがい=影響力(社会に与えるインパクト)」だと考えていたのだろう。

しかし、「大きなインパクトがありそうな仕事に“携われ”ば、やりがいは自然と生まれるだろう」という仮説は甘かった。

社会人3年目の頃、M&Aに絡む大きな仕事に“携わった”ことがある。巨額が動くビッグディールだったし、いわゆる“大きなインパクトを与えそう”な仕事だった。しかし、いざ終えてみると達成感は微塵もなく、疲労感と虚無感だけが残った。

あくまで自分の場合という前置きはするが、その理由は自分が関わった/動かした実感(手触り感)がなさすぎて、そのプロジェクトに介在している価値を見出せなかったことに起因する。つまり、作業工数として自分はアサインされていただけ……。極論は、いてもいなくても同じだと感じてしまったのだ。

仕事がもたらす影響の中に、自分の存在を見出せないのがつらかった僕は、個人としての影響力を求めたが、最終的に影響力は“得る”ものではなく、結果としてそこに“在る”ものだと気づくことになる。影響力ほしさにやったことは、だいたい期待した結果を得られずに終わってきたからだ。

「やりがい」の正体はとてもシンプルだった

影響力でないのならば、やりがいの正体は何だろう。

妥当解はシンプルで、“無意識に自分がしたことで、結果的に誰かが救われたり喜んでくれたりすること”である。見返りを求めて何かを意識的に与えても、感謝されることは意外と少なく、“せっかくやってあげたのに……”と萎えてしまう。

たとえ、その場では感謝されなかったとしても、忘れた頃に戻ってくる感謝もある。「あのとき紹介してもらった人と仕事が決まりました」とか、「あのとき話したことがきっかけで、新しいチャレンジを始めました」とか。

そして、それはだいたい“相手のために”と意識したことではなく、見返りを求めず、何気なくやっていたことだったりもするのだ。

影響力がほしいとか、感謝がほしいとか、そういう邪な感情を持ち合わせることなく無意識に行動した結果、誰かを助けたり喜ばせたりできれば、それがやりがいにつながっていくのだと思う。

ないものねだりをする前に自分の可能性を見つめ直そう

苦手なことや欠点がある自分から脱却することに意識が奪われる中で、得意なことや楽しいと感じることを忘れてしまっていないだろうか。

才能を感じられず不安になったり、活躍している(ように見える)同世代をみて焦ったりしているのであれば、努力しなくても心地よくできることをやってみてはどうだろう。

たとえば、色んな人とすぐ仲良くなれるのも、十分な才能だ。丁寧なやりとりをする、感謝を伝える、あなたが息を吐くようにしてきた行動や習慣は、あなただけの能力であり、差別化要素となる。

失敗も多いけど、大きな成功も勝ち取る人に比べて、地味だけどミスが少なく無難にこなす人は、注目を浴びづらい世の中かもしれない。でも、目立った強みがないと悩むより、ミスに対する自らのリスクヘッジを褒めてあげてほしいし、言葉にされなくても周囲からの信頼は絶大なはず。

もし仕事にやりがいを感じられないのであれば、世の中に対して自分が与える影響やインパクトを軸にするのではなく、純粋に嬉しかったり好きだと感じることや、努力しなくても簡単にできることがなんなのかを思い出すといい。

ないものねだりをする前に、自分がもらった才能をまずは見つめてみよう。そうすることで、今よりも仕事が少しだけ楽しく感じられれば、これを書いた僕も嬉しい。

この記事を書いた人

寺口浩大

寺口浩大(てらぐち・こうだい)

株式会社ワンキャリア 経営企画室 PR Director。1988年兵庫県伊丹市出身。京都大学工学部卒。リーマンショック直後に三井住友銀行で企業再生、M&A関連業務に従事し、デロイトトーマツグループなどを経て現職。コラム連載、カンファレンス登壇のほか、採用マーケットの透明化を推進するムーブメントを仕掛ける共著に『トップ企業の人材育成力』。

Twitter:@telinekd