はじめまして。ジョイマンの高木晋哉です。

吉本興業のお笑いコンビ『ジョイマン』の、ゆらゆらと左右にステップを踏みながら「ありがとう オリゴ糖!」や「掛け布団 50トン!」などと意味もなく韻を踏むほうです。

Dybe!さんに依頼をいただいたコラムテーマが「仕事のピンチも乗り切れる!戦略的『愛されキャラ』のススメ」ということだったのですが、戦略的に愛される術がわかっていたら芸人としてちゃんと売れているような気もするので、「仕事のピンチも乗り切れる!」の部分にスポットライトをあてて書いていけたらと思います。

まさに今、ジョイマンも大ピンチ

実はまさに、今、僕はピンチです。まあ以前からずっとピンチっちゃあピンチなのですが、いつも以上にピンチです。これを書いているのは4月の下旬あたり。皆様ご存じのように新型コロナウイルスが猛威をふるい、エンタメ業界も大打撃を受けています。

テレビ番組などはロケができない状況ですし、スタジオ収録も少人数で行ってしのいでいますので、バラエティ番組でひな壇に座っていた沢山の芸人達の出番も激減しています。芸能人ぶってもっともらしく書きましたが、ジョイマンはまずテレビにあまり出ていないので、これは人から聞いたり家でテレビを観ていての所感です。

ただ、やはり僕達のように地方営業などのイベントで日銭を稼ぐ芸人も、イベントのキャンセルが相次ぎ、やはり死活問題となっています。今は家にいることが唯一の新型コロナウイルスへの対抗策ということで、とにかく家でおとなしくしています。

ピンチです。そしてこの先行きの見えない日々の中で、ウイルス問題はもちろんのこと、仕事の面だけを見ても絶望感に襲われてもおかしくないと思うのですが、こと仕事に関しては、実はジョイマンはまったく休みのない忙しい時期から仕事が0になった過去があり、その経験が活きているせいか、そこまで慌ててはいないというのが現状です。大丈夫、という意味ではありません。ただ慌てていないだけです。

2年で終わったジョイマンブームと、その後の事件

ジョイマンは2008年に売れて、2010年に売れ終わりました。ショートネタブームに上手く乗れたはいいものの、ネタしか武器が無かった僕らは、ブームの終焉と共に仕事は無くなっていきました。そのあたりから世間的には“一発屋”と呼ばれるようになっていきました。

そして事件は起こりました。サイン会を催したところ、お客さんが0人しか来なかったのです。1時間ほど時間をいただいていたのですが待てど暮らせど0人しか現れませんでした。悪いことは続きました。ラジオの公開生放送にお客さんが0人。花火大会の前座でネタをやらせていただく営業でお客さんが0人。余談ですが、その花火大会はその年が初の開催で、次の年には廃止になっていました。僕達のせいでしょうか。

この一連の事件は衝撃でした。自分達はこれほどまでに人気がないのかと。そして、とうとうその状況を自分の小さな胸には抱えきれなくなり、ツイッターに投稿しました。今考えるとどうかしていたのかもしれません。人気がないことを世間にわざわざ知らせるなんて、仕事がさらに減るかもしれないのですから。

しかし結果は逆でした。その状況を知った日本中の皆様が「お客さんが0人しかいない営業を観てみたい」と、ジョイマンの営業を観に来るようになったのです。それきっかけでテレビなどでも取り上げてもらいました。僕達は世間の温かさを身に染みて知りました。

カッコ悪い部分をさらけ出して、世間に甘えよう

その経験は僕にとって、仕事をこれからも続けていく上で大きな転機になる出来事でした。当時はただ自分のキャパシティでは対処できなくて、持っている風船が急激に膨れ上がっていくのが怖くて誰かに投げつけるみたいにツイッターで投稿してしまっただけだったのですが、今、改めて考えて分析してみると「お客さんが0人しかいない」という不名誉でカッコ悪い出来事を世間に発表できたことは、世間をある意味で信頼して、しっかり甘えられたということなのかなと思います。当時、世間は怖くて信用できないと決めつけてしまっていた僕の場合、それはとても良い経験でした。

皆さんは、仕事でピンチの時に、くだらないプライドを保つためにカッコつけてしまったり、ピンチなことを誰にも知られたくなくて、キツいのに必死で平気な顔をしながら一人で背負い込んでしまったりすることってありませんか? 僕はよくあります。

僕はこの経験を経て、ピンチの時は誰かに甘えて良いんだと思えるようになりました。ただ、こちらから言わずとも誰かが察して助けてくれるだろうという自分本位の甘えは禁物です。まず、周りはあなたの事情なんて何も知らないし、ピンチかどうかなんて興味すらない。皆それぞれ忙しいんです。

僕もツイッターで投稿するまでは「ジョイマンは人気のない一発屋だとこの世界全体が認識している」と勝手に思っていたのですが、実際に投稿して蓋をあけてみたら、僕が自意識過剰なだけで、世間はジョイマンがそんな状態だとはまったくと言っていいほど知らなかったのです。ツイッターを見て初めて「ジョイマンがこんな大変な状況らしい」と知ってくれたのです。知ってくれて初めて、みなさんからたくさんの助け船を出してもらいました。

ピンチの時には周りを信頼して正式に甘える。恥ずかしがらずに自分がどのようなピンチに陥っているか、事細かに伝える。すべてのカッコ悪さを自分で認めて、腹の底までしっかり相手に見せる。

人に甘えるためには正式な手順と様式があります。それは相手への尊敬と信頼を忘れないということ。そのマナーをしっかり守ればきっと誰かしらが助けてくれるはずです。普段の行いがとてつもなく邪悪な人は少し難しいかもしれませんが。

家族の存在には本当に支えられている

今回の新型コロナショックで仕事をほぼすべてなくした僕は、今はただ妻と幼い娘に頼り切って生きています。

妻は、もともと僕が芸人として駆け出しで仕事が無い頃からの付き合いなので特にこの状況に慌てふためくこともありません。自然に支えてもらっています。頼りになります。娘は8歳で小学校が休みなので、僕が家で勉強を教えています。娘に勉強を教えることで少し社会の役に立っている感を得られます。

なかなか今は家から出られませんし、行動は制限されますが、以前よりも一緒にたくさん遊べています。子どもと遊んでいるということで、仕事をせずに飲み歩いているわけでもないので、仕事をしていない罪悪感に苛まれることもありません。本当に家族の存在には支えられています。

本業とはちょっと違う活動が、将来の自分を助ける

世間の皆様にも甘えさせていただき、家族にも甘えさせていただき、そして今回こうやってDybe!さんにも甘えさせていただいて書いているこのコラムのように、こういう状況になって普段の芸人としての仕事がピンチの時にも在宅でできる執筆系の仕事を入れていただけるようになったのは本当にここ1~2年の話です。発端はやはり前段でも書いたツイッターだと思います。

僕はツイッターではポエムの真似事のようなものも呟いています。ジョイマンが“一発屋”と呼ばれるようになってからの日記のような感覚で、さらにツイッターでは世間のジョイマンのイメージからは離れたことをやりたくなってしまって、もともと好きだったポエムのようなものを呟きだしました。それが徐々にこういう文章を書く仕事につながってきているのかなと思います。

もともとのラップネタも初めはその発想でした。ジョイマンはデビュー当時は正統派漫才をやっていたんです。そんな中で、自分から一番遠い芸風のネタを作ろうとして「ジンベイザメ 湯冷め!」や「マジごめん ちぢれ麵!」などと韻を踏むネタができました。今はそのラップネタのイメージがついているから、そのイメージから離れたこともしたくなる。そういう性分なのだと思います。

でもそうやって角度の違う多面的な活動をすることは、現在のように、軸となる仕事がピンチの時にふと助けてくれるような仕事につながる気がします。好きなことならば、今の自分の仕事や生活や人間関係にとらわれることなく是非やってみてほしいと思います。いつかきっと苦しい時にあなたの支えになってくれると思います。

僕はポエム好きが高じて、先日、ただただポエムを詠むユーチューブチャンネルを開設しました。イメージから遠すぎて気持ち悪いからでしょうか、登録者数が2020年4月現在で208人です。これからどうなっていくのかがとっても楽しみです。皆様チャンネル登録どうぞよろしくお願い致します。

ひとりで生きられないのはカッコ悪いことなんかじゃない

さて「仕事のピンチも乗り切れる!」というテーマで書いてきましたが、人間はひとりでは生きていけない、そしてピンチは確実に定期的にやってくる、だから周りを信頼して頼って甘えて乗り切ってほしいということです。それは全然カッコ悪いことなんかじゃないと思うんです。

僕は芸人の先輩、後輩、世間の皆さん、そしてエンタメそのものに助けてもらった経験があって、今の仕事をもっと好きになれました。これからはその感謝をちゃんと伝える作業も頑張っていきたいと思っています。これがどうにも苦手なのですが、そこは自分に甘えず、きっとそれも恩返しなるはずだと思うので地道にコツコツと伝えていけたらなと思います。

いつかそれが上手にできるようになり、人間として成長できた時には、このコラムの序盤で執筆テーマから勝手に除外してしまった「戦略的『愛されキャラの』のススメ」というテーマも書けるようになるかもしれません。その時にはまたDybe!さん、お仕事よろしくお願い致します!

この記事を書いた人

高木晋哉

高木晋哉(たかぎ・しんや)

お笑い芸人。1980年、神奈川県生まれ。2003年にお笑いコンビ「ジョイマン」を結成。ボケ担当。2008年、ラップスタイルのコントで大ブレイク。吉本興業所属。

Twitter:@joymanjoyman

YouTube:ジョイマンの高木晋哉のチャンネル