美容院に行ったら、美容師の人が仕事のこととかプライベートのこととかをいろいろと質問してきますよね。僕、あれがすごく苦手でして、一度、美容師の方に「あれ、どうしてあんなに話しかけてくるんですか? やっぱりお客さんと仲良くなって、また次回来店してもらうのを期待しているんですか?」って聞いてみたことがあるんですね。

そしたらその美容師の方がこう教えてくれました。

「まあお客さんと仲良くなって、次回リピートしてもらうとか、指名してもらうっていうのもありますよ。ありますけど、本当のところは、そのお客さんがどういう職業でどういう職場なのかっていうのがまず知りたいんです。堅いお役所みたいなところなのか、それとも多少変わった髪型をしていても大丈夫な職種なのかっていうのを聞いてるんです」

「あと、その人が普段はどういうところで遊んでいるのかとか、どういう友達が多いのかっていうのも知りたいんです。それがわかると、僕のほうも『じゃあちょっと思い切って染めてみましょうか』とかっていうのが提案しやすいんです」

なるほど。そういう「お客様の情報」が知りたくて、あんなに根ほり葉ほり、仕事やプライベートのことを質問しているんですね。納得しました。

バーテンダーも「お客様の情報」を知る必要がある

僕は、渋谷でワインバーを始めて23年になるのですが、やっぱり上の美容師の方同様に「お客様の情報」というのがどうしても知りたいんですね。

「え? どうして? バーテンダーがお客さんの情報を知りたい理由なんてあるの?」って思いましたか? それが実はすごく必要なんです。

一番わかりやすいところで言いますと、バーってやっぱり「カップル利用」というのが多い場所なんですね。「男性と女性が二人」で来店するわけですが、そのカップルがどういう関係なのかっていうのを、バーテンダー側は、できれば把握しておきたいんです。

例えば、50代くらいの年輩のカップルが来店してカウンターに座ったとしますよね。そのお二人が、もし「ご夫婦」だったとしたら、バーテンダーである僕は、「お食事帰りですか?」とか「今日はライブか何かがあったんですか?」とかって感じでお二人に話しかける必要があるんです。

想像してみてください。夫婦でバーってそんなに行かないんです。夫婦が「今日は家で料理をするのが面倒だから」という理由で居酒屋に行ったり、「今日はゆっくり美味しいものが食べたいから」という理由で寿司屋やレストランに行くことはあります。でも、そんなにバーって夫婦では行きません。というのは、お酒がもう少し飲みたいのなら、家に帰って、ウイスキーやワインを飲んだほうが安上がりだからです。

それを、わざわざバーに夫婦で行くということは、お二人はとても金銭的に余裕がある証拠だし、夜の都会の街を使いこなすという「遊びのセンス」もあるというわけです。そして、夫婦って普通は、お互いもう話すことはなくて、話し相手を求めています。そんな時に、バーテンダーは「今日はお食事帰りですか?」って話しかけるべきなんです。

不倫関係か? 付き合いたてのカップルか?

あるいは、年輩のカップルだとしても「不倫」という場合もあります。「バーが不倫カップルをお断りにしたら、売り上げが4割減る」という説はご存じでしょうか。もちろんそれだけ世の中には不倫が多いということもありますが、「不倫カップルはとてもお金を使うし、効率が良いお客様だ」という意味もあります。

想像していただけますか? 不倫カップルって、「二人だけの世界」であり、「非現実の世界」なんです。僕たちバーテンダーと、天気の話やお酒の銘柄の話はしますが、後は「二人をそっと放っておいてほしい」んです。そして、二人はせっかくの非現実の世界なので、あんまりケチケチしていません。

だから、バーでは売り上げが上がるというわけなんです。それで僕たちバーテンダーは「あれ? このお二人、どうやらご夫婦じゃないんだな」と気づいたら、そっと距離を置いて、お酒の注文だけをつかず離れずという接客をします。

あるいは、カップルの場合、僕たちバーテンダーは「二人の関係はいったいどこまで進んでいるのだろう」というのを把握しようとします。これも、上の「ご夫婦か不倫なのか」というのを把握して、接客を変えるように、どうしても職業上に必要だからです。

例えば、50代くらいの男性と、20代前半くらいの女性が来店しますよね。僕が「お飲物、どうされますか?」って聞いた時に、男性が「何かボルドーのしっかりした赤ワインを、君はどうする?」って言ったとして、女性が「あ、じゃあ私も同じのをいただきます」って「敬語」で答えますよね。そしたら、この50代の男性と20代の女性は「まだ寝ていない」んですね。

それが例えば、次回この二人が来店して、男性が「じゃあボルドーのしっかりしたのを、君はどうする?」って彼女に言って、彼女が「ええ、私、シャンパーニュをグラスで飲みたい」って、「タメ語」になっていて、ちょっと「わがまま」になってたとします。そしたら「二人は寝たんだな」ってわかりますよね。

そしたら、僕たちバーテンダーは「その女性を中心に接客すべき」になるんです。以前の時は「男性を中心に接客すべき」でして、この違いはわかりますか? 

主導権が変わってしまっていて、僕たちバーテンダーは「主導権を握っている人」を主役にして、接客をすべきというルールがあるんです。それで、「あ、この男性が今引っ張ってるんだな」とか「この若い女性のほうに主導権が移ったんだな」っていうのを、二人の会話で感じ取りながら、接客するというわけです。

接待では、お会計を渡す相手を探る

こういうことが一番わかりやすいのは、「接待」ですね。まあうちの場合は渋谷のカジュアルなワインバーなので、そこまでいかにも接待というのはないのですが、男性二人でテーブルに座る時は「どちらが上座なのか」というのを、まず気にします。

おわかりかと思いますが、「上座、いわゆる壁のほうの席」に座った人のほうが、「接待される側でお客様」なんですね。そしたら僕たちバーテンダーは、その上座の方から注文を聞くべきですし、もしお二人で「一本のボトル」を注文するとなると、上座の方の好みを重要視するべきです。そしてもちろんお会計は下座の方がするので、そちらにお会計を持って行くべきなんです。

この「誰が支払うのか」っていうのは、僕たちバーテンダーはとても気をつけなければなりません。正直、僕たちお店側としては、誰が払っても全然関係ないのですが、お客様側としては、「そこだけが一番重要」だったりします。ここでたくさん奢っておけば、仕事が入ってくるというような事情もあるかもしれないし、こちらの方は「接待費が使える」、こちらの方は「接待費が使えない」とか、いろんな事情があるからです。

そして、僕たちが「間違ったほう」にお会計を持って行くと、場はすごく気まずくなります。それを、「どちらがお支払いなんだろう」というのを考えるのも僕たちバーテンダーの大きな仕事です。

お酒の強さも把握して、乱れるまでに対応を

そして、僕たちバーテンダーが一番注意しておくべきことは「お酒を扱っている」ということです。

お酒を飲んだらあなたはどうなりますか? とてもエッチな気持ちになる人もいれば、怒ってしまう人、あるいは泣いてしまう人、あるいは下品なことを大声で話す人もいます。お酒を扱うバーテンダーの仕事は、「お客様がそこまで乱れる前に、止めなければいけない」という項目もあります。

この方はどのくらいお酒が強いんだろう、あるいは弱いんだろう、というのを把握しておいて、時には何か新しい銘柄のお酒を提案したり、あるいはお水を持って行って、テーブルやカウンターの上を片付けて、「そろそろお帰りになったほうが」というのを示さなくてはいけない時もあります。

だから、もう既に酔ってしまっているお客様が入店してきた時は、「このお客様を入れるべきか、断るべきか」というのを瞬時に見分けなくてはなりません。というのは、せっかく二人でロマンティックな気分になっているカップルや、大事な仕事をとろうと接待しているお客様もいるわけです。そこで突然入店して、大きな声で下品な話をされたら、そのカップルや接待の方たちが二度と来店してくれなくなります。

「どうやって断るんですか?」とたまに聞かれますが、「すいません。予約で満席なんです」と伝えれば、大丈夫です。店内がガラガラでも、「満席です」と言い続ければ、理解してもらえます。逆にここで「酔っ払ってる方はお断りです」と伝えてしまうと、大騒ぎになってしまいます。酔っ払っている方であればあるほど「俺は酔っ払ってない」と大騒ぎしますから。

人間観察でお客様との「一番心地よいポイント」を見つける

一見さんと常連さんの話を最後にします。「バーテンダーズ・ルール・ブック」という本が世の中にはたくさん出ているのですが、そういう本の最初のところに必ずこう書かれています。

「初めての方は常連さんのように、常連さんには初めての方のように接しろ」

これ、どういう意味かわかりますか? 例えばあなたは、ほぼ毎日通っているようなコンビニってありますよね。職場の近くや自宅の近くのコンビニです。そのコンビニと同じ系列のコンビニなのに、まったく違う街のコンビニに入ると、ちょっと戸惑いますよね。置いてある商品構成は、ほとんど同じはずなのに、ちょっと落ち着きません。

それって人は「自分の縄張り」という意識があるからです。やっぱり人も動物なので、よく行く慣れている場所は自分の縄張りで落ち着くんです。でも、知らない場所は落ち着きません。緊張します。

同様に、常連の方って、緊張感がなくなって好きなように振る舞うし、いろんなわがままも言い出すし、他のお客さんにも迷惑をかけてしまったりするんです。そんな常連の方が「ういーっす」って入店してきたら、僕たちバーテンダーは「まるで初めてのお客様のように」、「いらっしゃいませ」ってとても丁寧に接して、「距離を置くべき」なんです。

そして、初めて入店してきた方って、普通はとても緊張しています。どんなお店なのか金額なのかよくわかっていません。そんな方には「まるで常連の方のように」、暖かい笑顔で接するべきということなんです。

僕たちバーテンダーは、毎晩毎晩、あの暗いバーでお酒を出しながら、「この方はどういうシチュエーションで来店されたんだろう。どういうお気持ちなんだろう」ということを、細かく観察して、そしてその方とお店が「一番心地よいポイント」を常に探っています。

あなたも、例えば、お店の中や、あるいは電車の中で、「この二人はどんな関係なんだろう?」と想像してみてはいかがでしょうか。そういう人間観察、人との距離感や接し方の勉強になりますよ。是非、ビジネスのシーンにも使ってみてください。

この記事を書いた人

林伸次

林伸次(はやし・しんじ)

1969年生まれ。徳島県出身。渋谷のワインバー「bar bossa(バールボッサ)」の店主で、エッセイストとしても活躍している。著書に『なぜ、あの飲食店にお客が集まるのか』(旭屋出版)、『恋はいつもなにげなく始まってなにげなく終わる』(幻冬舎)、『ワイングラスのむこう側』(KADOKAWA)などがある。

Twitter:@bar_bossa
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