2019年1月に開設された牛丼チェーン・松屋フーズのInstagramアカウント(以下、松屋Instagram)が、個性的な投稿で話題となっています。

松屋Instagramを運用しているのは、多数の大手企業のSNS運用を手掛けるgrass株式会社の齊藤澪菜さん。企画立案からキャスティング、クリエイティブ作成のディレクションまですべてを担当しています。

数々のユニークな投稿は、どのようにして生み出されているのでしょうか。Instagramを通してユーザーの心をつかむ戦略の立て方や企画の考え方を、たっぷりと伺ってきました。

齊藤 澪菜(さいとう・れな)。1992年生まれ。grass株式会社でエグゼクティブプロデューサーを務めており、多数の大手企業のInstagram運用を手掛けている。

バズる企画は日常生活の笑いから生まれる

──松屋Instagram、話題になっていますよね。投稿の内容はどうやって考えているんですか?

齊藤澪菜(以下、齊藤):まずは、ネタを紙に書き出しています。10分ほどで「江戸、浮世絵風」「ペン字講座」とかキーワードを20個くらいバーッと箇条書きにして、しばらく壁に貼っておくんです。その中から、時間が経って見返した時にもおもしろいと思える企画を採用しています。

──わずか10分でそんなにも……! どんなタイミングでひらめくんですか?

キーワードを書き出した時点で、投稿内容までイメージできているそう。

齊藤:日常で感じたことや経験したことをもとに考えることが多いですね。最近バズったパネ画も、友達とのLINEグループで「この画像懐かしくない?」って話題が出たのがきっかけで。「めっちゃエモい! 松屋でこの画像つくったら絶対ウケる!」って企画しました。そのネタをもとにクリエイターさんが具体的な文章やキラキラ光らせる加工を考えてくれて、あの投稿に行き着いたんです。

──こういう画像すごく流行りましたよね。懐かしいです。

齊藤:ほかには、ツリーの前でキャッキャしてるカップルを見てクリスマスのネタを思いつくとか。普段の生活でちょっと笑っちゃったことを「松屋と掛け合わせられないか」っていつも考えています。

──時間を作って考えるんじゃなくて、企画のタネを日々ストックしているんですね。

齊藤:あとは、Instagramの定番ネタを茶化す企画を考えることも多いですね。これは、よくあるおしゃれネイル投稿を意識しています。日本で一番Instagramのフォロワー数が多いネイリストに、「爪の上に紅生姜を乗せてほしいんです!」ってお願いしたんですよ(笑)。

「違和感」がユーザーに注目されるポイント

──Instagramは投稿のテイストを統一しているアカウントが多いですが、松屋Instagramはイラストや人物ポートレート、動画など1枚1枚バラバラですよね。

齊藤:テイストをバラバラにしているのは、目を止めてもらうための戦略です。コスメとかファッションみたいにテイストを統一したほうが効果的な場合もあるんですが、松屋Instagramは松屋への関心が低い層に「次はどんな投稿があるんだろう」ってフォローしてもらうのが目的。毎回「何これ?」と思ってもらうために、あえて統一感は出さないようにしています。

松屋Instagramの投稿一覧。多彩な写真・動画が並んでいる。

──たしかに、スクロールする指を止めてついつい見てしまう投稿ばかりです。

齊藤:以前と比べて、Instagram内のコンテンツの消費期限ってすごく短くなっているんです。どんどん新しいコンテンツが生まれる中で目を止めてもらうには、いい意味で浮くコンテンツを作るのが大事。

「エモい」「懐かしい」「シュールで笑っちゃう」みたいな、これまでのInstagramになかった感情になるコンテンツ作りを意識していますね。

──キャプションもかなり凝っていますよね。こちらも齊藤さんが考えているんですか?

齊藤:いえ、別のスタッフが担当しています。クリエイティブ(画像や動画)ができた後、「短めに」「ストーリー調で」といったポイントだけ伝えて、あとはお任せ。考えてくれたものを私がチェックするって流れです。こちらがキャプション担当のセイラです。

──セイラさんはキャプションを考える時、どんな点に気をつけているんでしょうか。

キャプションを担当するセイラさん(写真左)。「クリエイティブ作成と同じくらいの時間をかけるほど、キャプションに力を入れています」。

セイラ:クリエイティブに合わせて長さやトーンを変えるようにしています。バランスを見て、「説明しすぎず短くしたほうが面白いかな」みたいな感じですね。デコ画像のキャプションは、IKKOさんの「どんだけ〜」のトーンで、「世代〜〜」が脳内再生されるようにしたいと思ったんです。

──反対に、長文のキャプションもありますね。

デコ画像とバレンタイン投稿のキャプションを比べると、文量の違いは一目瞭然。

セイラ:バレンタインの投稿はかなり長めですね。松屋Instagramのフォロワーはトーンの違う投稿を楽しんでいると実感していたので、あえてくどい内容にしたんです。過去の投稿と話が続いていますし、「バックグラウンドをわかっていればおもしろがってくれるはず」と確信して、思い切りました。過去投稿への反応を分析したうえで、見た人にどう感じてもらいたいかをとことん考えています。

──Instagramでキャプションにここまでこだわっているのは、珍しいように感じます。

齊藤:伝えたいことが同じでも、シュールに短文で伝えるのか、回りくどく長文で言うのかで受け取り方は変わるじゃないですか。キャプションまで含めてコンテンツなので、徹底的にこだわり抜きたいですね。

承認欲求の強さが、手を抜かない仕事を生み出す

──齊藤さんが担当されている企業のInstagramは、同じディレクターとは思えないほど特徴が違います。パターンの引き出しはどうやって増やしているんですか?

齊藤:企業のInstagramアカウントを、とにかくたくさん見ています。個人的には全然興味のない企業も全部。それで、「自分だったらこうするな」って改善案を考えるようにしているんです。あとは、キャプションに活かせるボギャブラリーを増やすために、お笑い番組をめちゃくちゃ見てますね。

起きてから家を出るまでにスマホの充電が赤くなるほど、企業Instagramのチェックとエゴサをしているそう。

──毎日がトレーニングになっているんですね。よければ、戦略の定め方も教えてください。

齊藤:競合企業のアカウントを細かくチェックして、やってないことを突くようにしています。「この商品ならこんなコンテンツを出すべき」って考えがあると、競合と同じような投稿になっちゃうんですけど、マネで注目を集めるのってすごく難しいんです。

──よくあるパターンを正攻法だと思ってしまいがちですが、たしかにレッドオーシャン……。

齊藤:あとは「狙いたい層に刺さる投稿になっているか」もかなり考えています。「どの商品にするか迷っている人」を狙いたいのに、「買うか迷っている人」が集まるのは意味がないじゃないですか。

「こうすべき」なんて決まりはないので、柔軟な頭で考えてトライアンドエラーを繰り返していくのが大事なんじゃないかなと。もちろん、うまくいかないケースもあります。その時はクライアントに正直に謝って早い段階で戦略を変えるようにしています。

──失敗を恐れていたら、大きな成功も得られませんもんね。

齊藤:やろうと思えば、無難なコンテンツも作れます。でもそれじゃあ、私がやる意味はない。「自分が手掛けたからこれだけの成果が出せたんだ」と実感したいんです。承認欲求でしかないんですけど、この感情はあえて消さないようにしています。

──「あえて消さない」のはなぜですか?

齊藤:手を抜かないためです。私は企画やディレクションをしていますが、実際にコンテンツを作っているのはクリエイターの方々で、本来は表に名前が出ない立場。だけど、投稿をスライドして、2枚目に自分の顔が付いていても恥ずかしくないものを作ろうと、いつも思っています。

思い切った挑戦がうまくいかなければ、潔く舵を切ればいい。

グローバルウケを狙えば、女性の関心も集まる

──松屋Instagramが目指すゴールを教えてください。

齊藤:女性にもっと松屋を利用してもらうのが一番の目的です。現状、松屋は8〜9割が男性のお客様で、女性はテイクアウトすらしにくい雰囲気もあります。でも、安くておいしいごはんをサクっと食べられる松屋は、女性にとっても魅力的な存在なんじゃないかなと。

──たしかに、仕事で帰りが遅くなっても気軽に寄れるお店は、女性にとってもありがたいです。

齊藤:Instagramを通して松屋のイメージを変えることで、女性の皆さんに「私も松屋に行っていいのかも」と思ってもらいたいんです。

──今でこそ人気アカウントですが、正直最初は「松屋がInstagram?!」と驚きました。

齊藤:私も最初は、「いや無理でしょ!」って思っていました(笑)。でも、ふと「ジャパニーズファストフード」ってワードが浮かんだんです。安くてお腹いっぱいになるし、手も汚れない。それに、松屋の牛めしって無添加なんです。だから、インバウンド向けに攻められるなと。グローバルにウケる最先端のコンテンツを作れば、結果的に女性の心も掴めるって確信があったので、引き受けました。

海外向けを意識した英語キャプションの投稿もある。

数字に現れない成果の共有がクライアントを巻き込む

──約1年でフォロワー数は2.5万人に伸びましたが、初めは奇抜な企画を通すのが大変だったのではないでしょうか。

齊藤:最初は松屋さんも不安を感じていたので、担当の方と細かくコミュニケーションを取るように気をつけていました。「なぜこのコンテンツがウケると思っているのか」をちゃんと伝えてないとGOは出ないので。

──実際のところ、どうやって説得していたのでしょうか。

齊藤:Twitter内での松屋Instagramに関するつぶやきや、松屋Instagramを取り上げてくださったブログ記事などを全部まとめて見せていました。ユーザーがどんなところに目をつけているのかがわかると、松屋さんも安心できます。

──「この投稿でフォロワーが何人増えたか」よりも、ユーザーの声を共有するのが大事なんですね。

齊藤:担当者やその上司の方々も含め、関わる人全員が松屋Instagramに対する世間の反応を共通認識として持っておかないと、アカウントの方向性がブレてしまいますから。最近は、松屋の皆さんもエゴサーチしてくれるようになったんです。企業の方をしっかり巻き込んで、アカウントの成長を一緒に考えていく環境をうまく作れたんじゃないかと思います。

──関係者全員が一丸となって運用にあたるのが重要なんですね。

齊藤:社内外問わず、一つのチームとして同じ目標に向かう意識を持つのは大事ですね。私自身、「自分は松屋の社員だ」くらいのモチベーションでいるので、担当の方が困っていたら120%のパワーでサポートしますし、外部の人間だからといって遠慮せず、しっかり意見を言うようにしています。

これからもしっかりとクライアントと向き合いながら、自分がやるからこそ意味があるコンテンツを世の中に生み出していきたいですね!

齊藤 澪菜(さいとう・れな)

1992年生まれ。大日本印刷株式会社に勤めた後、grass株式会社エグゼクティブプロデューサーに就任。松屋フーズだけではなく、アサヒ飲料、エースコック、ロフト、江崎グリコなど多数の企業のInstagram運用を手掛けている。

Twitter:@Rena62s

Instagram:@rena62s

取材・文/中村英里(@2erire7 )
撮影/中澤真央(@_maonakazawa_