人に厳しいことを言うのが苦手だ。

文章を書く仕事を始めるまで、山小屋で働いていたのだが、後輩に注意しなければいけない時、どうにもビシっと言えなかった。そのせいで後輩を甘やかしてしまったり、自分の負担が増えたり。思い切って注意したら逆ギレされたこともある。

しかし、そんな私でも、言うべきことはビビらずに言えるようになった。そのきっかけになった体験について書こうと思う。

注意できないのは、嫌われるのが怖いから

山小屋は登山者向けの宿泊施設で、スタッフは住み込み。仕事もプライベートも同じ空間で過ごす、閉鎖的な環境だ。物理的な距離が近いため、スタッフ同士は仲良くなりやすい。

一方で、人間関係がこじれると悲惨だ。ふつうの仕事であれば、たとえ職場の人とトラブルになっても、自宅に帰れば相手の顔を見ずに済む。しかし、山小屋は逃げ場がない。気まずくなった相手と一緒にご飯を食べ、同じ空間で生活しなければいけない。

繁忙期は休みがなく、みんな疲れが溜まり、日に日に空気がピリピリしてくる。不満が爆発する人や、ケンカをする人も。まれに、耐えきれなくて期間満了を待たず下山してしまう人もいた。

私は、小心者ゆえにトラブルを起こすことはないが、同僚たちの機嫌を気にしては些細なことでオロオロするタイプ。協調性はあるが、言いたいことをはっきり言えない。

この手の人材がリーダー役を任されると大変だ

この手の人材がリーダー役を任されると大変だ。

昔、部下に注意できない支配人の元で働いたことがある。山小屋には、経営者である社長とは別に、現場の指揮をとる支配人がいる。私は複数の山小屋で働いたため、さまざまな支配人を見てきた。

とある支配人は、私によく「Aちゃんに、電話が鳴ったらすぐ出るよう言ってくれないかな」などと伝言を頼んだ。

「俺が言うと、Aちゃんが怯えると思うから。サキちゃんからやんわり言ってもらったほうがいいと思うんだ」

Aちゃんは19歳の女の子で、支配人はおじさん、私は当時おねえさん。なので、支配人の言うことも一理ある気がして、注意する役を引き受けた。当時は単純に、「支配人は気を遣ってるんだな~」と思っていた。

でも、今はわかる。支配人が直接Aちゃんに注意しなかったのは、気遣いではなく、自分が嫌われるのが怖いからではないか。

相手に何かを言えないとき、その理由は大きく分けて2つあると思う。「言うことで相手を傷つけるから」か「言うことで自分が嫌われるから」。似ているようでぜんぜん違う。前者は思いやりで、後者は自分可愛さだ。

「言うことで相手を傷つける」のであれば、それはほとんどの場合、言わなくてもいいことだろう。業務上の注意はこれに当たらない。電話に出ろと言われて、Aちゃんは傷つかない。

しかし、「言うことで自分が嫌われる」ほうは、ときとしてその怖さを乗り越えなければいけない。

仕事をしていると、かなりの確率でその場面がやってくると思う。

私がビシっと言わないせいで、職場がだらしない空気に

山小屋7年目のとき、人事異動があり、系列の小さな山小屋に配属された。夫が責任者で、私は役職こそついてないが、実質的に営業を取り仕切ることになった。

後輩たちに指示を出し、ときには注意しなければいけない立場。しかし、慣れていない私は叱り方がわからない。サボっているスタッフがいても、緊張してしまい、厳しく言えない。

私がいた山小屋は、年齢や勤務年数による上下関係が希薄で、呼び方や敬語などのルールがない。私を「サキちゃん」と呼んでタメ口で話す新人もいれば、さん付けで敬語を使う新人もいる。どの人に対しても平等に接するよう心がけていたが、実のところ、注意しやすい人としにくい人がいた。Aちゃんに注意できなかった支配人の気持ちがわかる。Aちゃんは、支配人にとって「言いにくいスタッフ」だったのだろう。

私は、みんなが働きやすい環境を目指すあまり、後輩たちを甘やかしすぎた。難しい業務は後輩に任せず自分でやり、みんなに休憩をまわすため、自分は休憩をとらなかった。正直に言えば、「サキさんやさしい」と言われるのが嬉しかったのだ。なんという自己愛。

でも、慕われていたと同時に舐められてもいたと思う。

その山小屋にはタイムカードがなく、休憩時間はリーダーの裁量で決まるのだが、休憩をねだられることが増えた。また、私は仕事中の私語はある程度許容していたが(私もしゃべるし)、ちょっと度を超えてきた。みんな、「楽しく働く」と「サボる」を混同している。

私がビシっと言わないせいで、職場全体がだらしない空気になってしまった。

私は「それでみんなが気持ちよく働けるならいいか」と自分に言い聞かせていた。しかし、それは逃げだ。

働いていればいつかは、叱り役を引き受ける立場になる。どうせ叱り役をやるなら、責任持って、効果的に果たしたいじゃないか。

後輩に逆ギレされて気づいたこと

その翌年は、「甘やかしすぎないように、ときには厳しいことも言わなきゃ!」と心に決めた。前年の課題として残った叱り役を、今年こそちゃんとやる。そう自分に課していた。

ある日、前年も一緒に働いた後輩が、物の配置を覚えていないことに気づいた。何度か教えて、「スマホのカメラで撮影していいから、ひとりでセッティングできるように覚えてね」と言ったのに。一年目は「山小屋楽し~!」で終わってもいいけれど、二年三年と続けるのなら、もっと責任感を持ってもらわないと困る。

勇気を出して、「この配置ちゃんと覚えてね」と注意した。

すると、彼は不機嫌な表情で舌打ちし、その場にあったザルをバーンと調理台に叩きつけた。

ヒッ……! 怖いし、泣きたくなる。

その後輩とはもともと仲が良く、仕事以外の雑談もする間柄だ。だからこそ、その態度に腹が立ったし、なにより悲しかった。

でも、私は言うべきことを言ったまでだ。注意されて不貞腐れるのは彼の問題。私は悪くない。

そう思い、今まで通りの態度を続けた。

さすがに雑談を振るのは気まずいが、業務に関する話はいつもと同じテンションでする。「お疲れさまー。代わるから休憩どうぞ」みたいに。しかし、後輩は不機嫌な顔でボソっと「……はい」と言うばかり。反抗期か。

そういう態度をとられると非常に気まずい。つい、私から明るい口調で雑談を振ってしまいそうになる。そうすれば後輩は機嫌を直すだろうし、私だってそのほうがラクだ。そうやって先回りして下手に出るから、舐められるのだろう。

私個人が舐められることは、実はあまり気にならない。「どうでもいいや」と思う。けれど、注意されたくらいで不貞腐れるスタッフが増えては、職場として困る。私個人の感情とは関係なく、私は「舐められ」を許容すべきではないのだ。

私は鈍感を装い、後輩の不機嫌に気づかないふりを貫いた。彼の反抗期は数日続いたが、そのうち以前の態度に戻った。

たとえ一瞬気まずくなっても、こっちが流せば、関係性は戻るんだな。

やってみてわかったが、少しばかり厳しくしても人間関係は壊れない。私は当然のことを言っているだけで、理不尽な要求をしているわけではないからだ。みんなも、そのことを理解している。

それがわかってからは少しずつ、注意することが怖くなくなってきた。人間は慣れる生き物だ。苦手なことも、日常になればなんてことない。

そうして、その翌年は適切な注意や指導ができるようになった。その年を最後に山小屋を辞めたので、できていたのは実質一年ちょっとだけれど。

注意するときのコツ

注意するときのコツをあげてみよう(こんな少ない経験から言えたものじゃないですが……)。

①冷静な口調と、誠実な言葉遣い

注意をするとき、怒鳴ったり乱暴な言葉を使うのはよくない。相手が泣いたり落ち込んだりした場合、「私の言い方が悪かったんだ……」と自責してしまうからだ。正しい態度をとっていれば、余計な罪悪感を抱くことなく毅然としていられる。

また、「たしかに自分も悪いけど、そんな言い方することなくない⁉」と相手に反論されることも防げる。

②下手くそでいいから真剣に

言い方に気をつけると言っても、ニコニコしたり、猫なで声を使う必要はない。笑顔のまま注意すると、切実さが伝わらないから。

うまく言おうとしなくていい。しどろもどろでも、「えーと」「あ、あの……」などと言ってしまってもいいから、真剣に伝える。それだけで充分だ。

③注意したあと、態度を変えない

穏やかな口調で伝えても、相手が不貞腐れたり、落ち込んだりすることはある。しかしそれは相手の問題であり、本来、注意した側がフォローする必要はない。注意したほうは悪いことをしていないので、いつも通りの態度でいればいい。

ただ、たまにものすごく打たれ弱い人もいるので、そういう人を雇った以上は職場全体でフォローするのが理想的だと思う。叱り役ひとりの責任ではなく。

④信頼関係を築く

関係性の下地ができていれば、多少言いにくいことも言える。特別フレンドリーなキャラである必要はない。

挨拶をする、聞かれたことには丁寧に答える、相手を傷つけるイジりをしない、誰に対しても同じように接する。

職場のコミュニケーションは、それだけ心がけていれば充分だと思う。それだけでも、すべて守るとなるとけっこう難しいから。

***

ところで先日、例の逆ギレしてきた後輩と電話で話した。

「私が注意したときすごい逆ギレしてたけど、あれはなんだったの?」と聞いたら、「そんなことありました?」と言っていた。

そう、舌打ちしようが、ザルを叩きつけようが、本人は覚えていない。こっちが気を揉んでも、相手にとってはその程度のことなのだ。

もしもあなたがこの先、後輩に注意できず悩んだら。もしくは、注意して逆ギレされたら。どうか、この話を思い出してほしい。

<イラスト/絵と図 デザイン吉田>

この記事を書いた人

吉玉サキ

吉玉サキ(よしだま・さき)

北アルプスの山小屋で10年間勤務したのち、2018年からライターとして活動。不登校、精神疾患、バックパッカー旅、季節労働など、自身の経験を生かしたエッセイやコラムを書いている。

Twitter:@saki_yoshidama

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