「袋小路ケンです!」

賑わう店内で、テーブルについて自己紹介をすると、アラサーOL風の女性が「何、その名前」と笑いこけた。「袋小路ケン」は僕の源氏名。全然指名が取れなくてもう後がない、行き詰まっていた僕に、お客さんのナナさんがこの名前をつけてくれた。

ナナさんは歌舞伎町の高級店で働くNo.1キャバ嬢で、「カッコつけずにキャラに合った名前がいい」という彼女の言葉に間違いはなかった。名前だけで笑いをとれるのはありがたくて、この名前にしてよかったと思う。

僕の目の前にいるOL風の女性は、今日初めてお店に来てくれたお客さま。初回のお客さまの席にはいろんなホストが10分交代でつくのが店のルールだ。

鏡月のウーロン茶割りを作りながら、「姫は、いつもなんて呼ばれてるんですか?」と聞くと、「マキ、かな」とすぐ答えが返ってくる。黒髪ボブでキュッと目尻が上がった気の強そうな顔つきだ。

マキさんはチャキチャキ話すタイプっぽいから、僕もテンポよく話さなくては。こうやって話すスピードや声の大きさ、リズムなんかを相手と合わせるテクニックはペーシングといって、この店のNo.1であるナオヤさんが教えてくれたものだ。他にも、相手の動作を真似るミラーリングというテクニックもある。

ペーシングやミラーリングでお客さまと同調することで、お客さまは心地よさを感じて親近感を持ってくれる。狙った相手と最短の時間で信頼関係を築くために有効な心理テクニックだ。ただ僕はまだまだ試行錯誤中だけど……。

初対面でも10分で距離を縮めるには?

「先週彼にフラれちゃって。それで、ウサばらしにきたの」

「そうなんですか。でも、そのおかげでマキさんに会えて幸せです! あ、そのネイル、おしゃれですね」

実際、マキさんのネイルは凝ったデザインだった。オレンジカラーをベースに、薬指と人差し指だけ同系色のマーブル模様になっている。

「わー、気づいてくれた? 気合い入れてネイルサロン行ったんだ」

名前で笑わせて、相手を褒める。滑り出しはまずますだ。でも、僕に与えられた時間は10分間だけ。ボヤボヤしていると、せっかくナオヤさんに教わったテクニックをトレーニングする時間がなくなってしまう。

今日は認知的不協和の心理テクニックを試してみるつもりだ。認知的不協和を簡単に言うと、人が矛盾を抱えた状態になると感じる不快感のこと。矛盾を抱えた人は、自分の中の矛盾と不快感を解消するために、無意識のうちに態度や行動を変えてしまうという。

これを使えば、初回のお客さまでも一気に距離を縮めることができる。お客さまの秘密を聞き出して共有することができれば、お客さまは「初対面の知らない相手に秘密を教えてしまった」という矛盾を抱えることになる。その矛盾を解消するために、お客さまの脳が「秘密を打ち明けたのは、この人のことが好きだから」と錯覚を起こしてくれるのだ。

<認知的不協和のテクニック>

  • 人は矛盾を抱えると自分を正当化しようとする。そのため脳が錯覚を起こして行動や態度を変えてしまう。
  • 相手に認知的不協和を起こすことができれば、相手を思うように誘導することができる。 

「たとえばの話…」で“思い通りのシーン”を想像させる

ナオヤさんが教えてくれたように、恋バナと猥談でマキさんの秘密を聞き出そう。

「マキさんがフラれるなんて信じられないですよ。“たとえば”の話ですけど、もし僕がマキさんとお付き合いしたら……」

「いや、ないから! ケンは全然私のタイプじゃないし」

全然タイプじゃない、と言いつつもマキさんは楽しそうだ。実は、「たとえばの話……」という枕詞をつければ、こういう突拍子もない話も、自然と相手に「もしそうなったらどうだろう?」と思い通りのシーンを想像してもらうことができるのだ。これは、ヘルプでついた先輩たちのトークから学んだテクニックだった。

「自己開示+好意の返報性」で距離を縮める

「だから、たとえばの話ですって! もし僕がマキさんと付き合えたら、ディズニーランドとか行きたいですね」

「ディズニーは大好きだよ。よく行くし」

「じゃあ、休みの日とかって、インドア派というよりは、いろんなところに遊びに行くアウトドア派?」

「そうだね、家でじっとしてることは少ないかも」

「カラオケとかも好きだったりします?」

「うんうん、よく行くよ」

カラオケはラブホテルにもあるから、猥談への切り替えのスイッチとしていいかもしれない。そう思って聞いてみたら、ビンゴだった。ちょっとタイミングが早いかと思ったけれど、ここで切り出すしかない。まずは自己開示からだ。自虐っぽく自分の弱点を見せれば、相手に親しみを持ってもらえるというのはナナさんに教わった。

「そうなんですね。ちょっと恥ずかしい話なんですけど……」

「え? 急になに?」

「カラオケってそういうホテルとかにもあるんですよね? 実は僕、ラブホ自体、行ったことなくて」

「は!? 冗談でしょ? ホストなのに?」

「こういうホストもいるんですよ~。マキさんは行ったことあります?」

「……あるよ、カラオケもしたことある。でも、なんでそんなこと、ここで発表しなきゃいけないのよ」

そう言いながらも、口調はやわらかい。本気で嫌がっているわけではなく、やりとりを楽しんでくれているようだ。

僕が先に自己開示して、「ホストのくせにホテルに行ったことがない」という秘密を打ち明けたから、マキさんも自分の話をしてくれたはず。これが“好意の返報性”の効果なのか……。

<自己開示+好意の返報性のテクニック>

  • 自己開示して自分の弱点をさらすことで相手に親しみをもってもらえる。
  • 人は何かをしてもらうと、「ここまでやってくれたのだから自分も」と相手に応えようとする(好意の返報性)。
  • 自分の秘密を先に打ち明ければ(自己開示)、相手も秘密を話してくれる可能性が高くなる。

心理テストを使って相手のガードを下げる

「こういうのって、なかなか他の人には聞けなくて。マキさん、すごく話しやすいから思わず聞いちゃいました。そういえば、Twitterで、ラブホあるあるが話題になってるのを見たんですけど、マキさん的な“あるある”ってどんなのがあります?」

「お風呂に入ろうと思ったら部屋から丸見えだった、とかかな……。あれ、恥ずかしいんだよね」

「たしかに! って、ラブホに行ったことないからわかんないんですけどね……」

「本当に行ったことないの? そういえば、何の気なしに入ったらSM系のラブホテルでビックリしたこともあるよ」

「うわっ、もしかしてプレイしたんですか?」

「それがね、大学生の時で、何をどう使うのか全然わからなかったんだよね。彼と2人で、何コレ? って言いながらゲラゲラ笑ったな」

「可愛いカップルですね。ちなみに、僕は恥ずかしながらどっちかっていうとMっ気が強いんだけど、マキさんは、SとMどっち?」

「えー、わかんないよ」

「じゃあ、テストしてみます?」

「そんなテストあるの?」

「ここに、あごをのせてみてください!」と、僕は右手でグーを作り、手の甲側を下に向けてマキさんの前に差し出した。ナオヤさんに教えてもらった心理テストだけだと心もとなかったので、いくつか使えそうなものを調べておいたのだ。

スルーされるかもと思ったが、彼女は意外にすんなり僕の言葉どおり、ちょこんとあごを拳の上にのせてくる。やっぱり「心理テストだから」という理由づけがガードを下げてくれるようだ。

「マキさんは……、Mですね」

「なんで!?」

「あごをのせた時、僕と目を合わせたらS、合わせなかったらMなんですよ。目を合わせないのは、相手の要求に素直に従っている証拠で、支配されたいという表れなのでM。目を合わせるのは、相手の様子をうかがっているからで、素直に従うことに抵抗があるからSなんだって」

今さらながら心理テクニックの効果に驚いた

ここで「そろそろお時間です」と黒服から声がかかる。

「今日は楽しかったです! またマキさんに会いたいな」

「うん、考えとく。なぜかいろいろ恥ずかしいこと、しゃべりすぎちゃった気がするけど、私も楽しかった」

いつもは、褒めたり、質問を重ねたりしながらもあまり手応えを得られずに時間が過ぎてしまうのだが、猥談を加えただけで、マキさんとグッと距離が近づいたのを感じた。最初は半信半疑だったけれど、「こんな話をしてしまうなんて、きっと私はこの人のことが好きに違いない」と脳が錯覚するという話は、本当なのかもしれない。

最終的に、この日は5人の新規客についたのだが、そのうち2人から送り指名をもらえた。僕が働く店には、送り指名っていうシステムがあって、お客さまが帰る時に出口まで送るホストを指名できるんだけど、送り指名をもらえると次回から指名してもらえる可能性がグッと高まる。

これまで送り指名がもらえるのは、週に1日か2日……だったため、僕は今さらながらナオヤさんに教わった心理テクニックの効果に驚きを隠せなかった。

ただ、なかには話の糸口がうまく見つからず、退屈してスマホをいじりはじめてしまったお客さまもいた。まさみちゃんと話が盛り上がらなったらどうしよう……。まさみちゃんと会う日は、1週間後に迫っていた。

<構成/伊藤彩子>

▶︎第18回は、6月25日の公開予定です。

この記事を書いた人

斉藤恵一

斉藤恵一(さいとう・けいいち)

セルフマネジメントプロデューサー。日本心理学協会 認定心理士。大学時代に歌舞伎町のホストの世界に飛び込むも半年間売り上げゼロ。そこからセルフブランディングに取り組み、約6年間売上げNO.1となる。現在は美容業界、アパレル業界などでメンタリングやコミュニケーションスキルなどセルフマネジメントのプロデュース、人材育成に取り組む。

Twitter:@keiichisaito