「吊り橋効果」で相手の脳に錯覚を起こさせる

今日は、ずっと片思いしている相澤まさみちゃんとの2回目のデート。モテる男になりたくて、ホストになったものの、まさみちゃんにはまだ「ただのいい人」としか思われていないのが現実だ。今日こそ2人の間の距離を縮めて、友だちモードから恋愛モードに突入したい。

僕が働く歌舞伎町のホストクラブ「ペガサス」のNo.1、ナオヤさんにもらったアドバイスでは、2回目以降のデートでは「暗い」「狭い」「近い」お店が効果的だという。僕は今日のデートに向けて心の準備をしながら、ナオヤさんとの会話を思い出した。

吊り橋効果って知ってる?」

「心理学の実験ですよね? 吊り橋で出会った相手に恋愛感情を抱きやすくなるっていう」

「そうそう、ポイントは“緊張によるドキドキ感”があるかどうか。緊張する体験を共有すると、脳がそのドキドキ感を恋愛によるものだって錯覚しやすくなるんだ。つまり、一緒にいる相手を恋愛対象として意識しまうってこと。ケンが彼女の“特別な人”になるための一歩だよ」

「たしかに、暗くて狭い、相手と距離が近いお店なら、ドキドキしますよね……」

僕なんかのことを恋愛対象だと錯覚してくれるか不安だが、もうナオヤさんを信じるしかない。ナオヤさんのアドバイスとまさみちゃんの「静かな和食系の店が好き」という好みをもとに、距離感の近いL字型のカップルシートがある照明暗めの創作和食店の個室を予約した。

<吊り橋効果>

  • 吊り橋の上のような不安や恐怖を感じる場所で出会った人に恋愛感情を抱きやすくなる現象のこと。
  • 緊張から生じるドキドキ感を、相手への好意・恋愛感情によるものと錯覚しやすい。

まさみちゃんは、待ち合わせの19時ぴったりに店に現れた。ネイビーに花柄が入った上品なワンピースよく似合う。滅多にまさみちゃんのスカート姿を見たことがなかったので、テンションが上がってしまう。

L字型の席に着くと、想像以上にまさみちゃんの顔がいつもより近くに感じて、ドキマギしてしまう。必死で平静を装って生ビールで乾杯した。かぼちゃのムースやゴマ豆腐などの前菜、お造りなどを注文する。コース料理だと店員さんが出入りして話の腰を折られるからアラカルトにしたけど、よかっただろうか。

名前の由来ネタで下の名前で呼び合う仲に

今日は、ナオヤさんに教えてもらった心理テクニックを使って、2人の距離を縮めなければならない。まずは「名前の由来」を聞くのをきっかけに下の名前で呼ぶ。その後に恋バナだ。漢字検定の勉強の話やお互いの近況報告をしながら、僕はいつ話を切り出すかでいっぱいいっぱいになっていた。

なかなかタイミングがつかめず、このままじゃまずいと焦り始めたその時、まさみちゃんがふと「ホストクラブでは、働いているホスト同士も源氏名で呼んでるの?」とたずねてきた。これは名前の話題に持っていくチャンスだ。

「そうだね、源氏名で呼び合うのが普通かな。僕の場合、本名は恵一だけど、ケイイチって呼びにくいでしょ? だから呼びやすい“ケン”にしたんだよね。男っぽくてカッコいいイメージの名前だし」

「そうなんだ」

「ちなみに恵一の“恵”は、心にたくさんの宝物を持っていることを表す漢字らしくて。要するに親としては、豊かな心を持つ子になってほしいって意味を込めたみたいなんだ」

「へぇー、素敵なご両親だね!」

「相澤さんは? まさみっていう名前にはどんな由来があるの?」

思い切って下の名前を口に出してみたが、まさみちゃんは特に気にする様子も見せない。

「私は……今のイイ話聞いたあとだと、かなり言いづらいかも」

まさみちゃんはこう言うと、手にしていたビールジョッキをゴトリと音を立てて置いて決心したように話し始めた。

「実はね、私の名前って、お父さんの初恋の人の名前らしいの」

「ホントに?」

「10歳くらいだったかな。お正月に親戚が集まるでしょ? その時にお父さんの弟が酔っ払っちゃって、『知ってるか? お前の名前は、お父さんの初恋の人なんだぞ』って。お父さんはめちゃくちゃ慌ててたけど、お母さんは大笑いしてた。バレてないと思ってたのは、お父さんだけみたい」

まさか名前の話題で、こんな「秘密」が聞けるとは思わなかった。

「まさみちゃんの名前には、そんな秘密があったんだね」

もう一度、スカイツリーから飛び降りるくらいの決死の覚悟で、下の名前を口にしてみた。

「そうなの。なかなか笑える話でしょ?」

下の名前で呼んだことに気づいていないのか、まさみちゃんはあっさりスルーして楽しそうに笑っている。これはもしや、第一段階はクリアできたのかもしれない。

相手の話を聞き出すには、まず自己開示する

次は恋バナだ。ずっと聞きたかったことをそのままぶつければいいのだけど、お店でお客さまと話すのとはやっぱり違う。とにかく、まずは自己開示から。こちらが自分をさらけ出せば、好意の返報性の効果でまさみちゃんも自分の話をしてくれるはずだ。

<自己開示+好意の返報性のテクニック>

  • 自己開示して自分の弱点をさらすことで相手に親しみをもってもらえる。
  • 人は何かをしてもらうと、「ここまでやってくれたのだから自分も」と相手に応えようとする(好意の返報性)。
  • 自分の秘密を先に打ち明ければ(自己開示)、相手も秘密を話してくれる可能性が高くなる。

「ちなみに、僕は今までずーっと好きになった子に告白しても、フラれてばっかりなんだよね。まさみちゃんは?」

「うーん……」

答えるかわりにビールを飲み干したまさみちゃんは、僕の分も「ビールでいい?」と注文してくれた。ビールを持ってきた店員さんが出ていくと、まさみちゃんは大きなため息をついた。

「私もいつもフラれてばっかりだよ。好きだ好きだって言われて付き合うんだけど、付き合い始めると向こうが冷めちゃうんだよね」

「そ、そうなの? それはまさみちゃんがどうっていうより、相手の男がダメなヤツなんじゃないのかな」

まさみちゃんの意外な面が見えてきて驚くのと同時に、相手の男たちに腹が立ってきた。まったく、まさみちゃんのよさをまったくわかっていない。僕なら絶対にまさみちゃんをそんなツラい目にあわせない。「だから僕と付き合おう」と告白したら……という想像を慌てて打ち消した。

心理テストで心のハードルを下げるはずが…

まさみちゃんが、さらに力のない声で続けた。

「この前、内定先の同期との飲み会で、心理テストみたいのやらされたんだけど……」

「そ、それってどんな心理テスト?」

なんだかイヤな予感がする。

「相手の差し出したグーの上にあごをのせて、相手と目を合わせたらS、合わせなければMってやつ。それによると、私は押しに弱いMなんだって。当たってたんで、ひそかにびっくりしちゃったんだけど」

「僕はまさみちゃんがMだってことにびっくりだけど」

「そう? そしたら、1人が『まさみちゃんMなんだー。オレ、Sだから相性がいいはず。付き合おうよ!』って言ってきて、それから毎日LINEがきてホント困ってるの。同期だから険悪になるのもどうかと思って、とりあえずハイハイってスルーしてるんだけど……」

そう言って、まさみちゃんが見せてくれたそいつからのLINEは、「今日もオールで寝てない」「忙しいけど、まさみちゃんのためなら時間作る」といったものばかりだった。

「これは……典型的なかまってクンの自己中LINEだね」

「そうなの! うっかり誰かに相談すると、『モテ自慢』とか言われちゃう可能性もあるから、それもできなくて」

かまってクンがいかに図々しいかを力説していたまさみちゃんから、話し足りないからと2軒目に誘われたのはよかったが、それからもいいムードになることは一切なかった。

「グチばっかり言っちゃってごめんね。でも、すっきりした!」

そう言い残し、まさみちゃんは終電前に元気に帰っていった。

恋バナを切り出すまではうまくいっていたのに、いい雰囲気になるどころか真面目な相談モードに突入してしまった。秘密を共有することはできたけど、ちょっと違う気がする。たぶん、ドキドキしていたのは自分だけだ。一体どこで、何を間違えたんだろう……。

帰りの電車の窓に映った、やつれた自分の顔を見ながら、僕はナオヤさんに今日のことをどう伝えようか、頭を悩ませていた。

<構成/伊藤彩子>

▶︎第19回は、7月9日(木)の公開予定です

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この記事を書いた人

斉藤恵一

斉藤恵一(さいとう・けいいち)

セルフマネジメントプロデューサー。日本心理学協会 認定心理士。大学時代に歌舞伎町のホストの世界に飛び込むも半年間売り上げゼロ。そこからセルフブランディングに取り組み、約6年間売上げNO.1となる。現在は美容業界、アパレル業界などでメンタリングやコミュニケーションスキルなどセルフマネジメントのプロデュース、人材育成に取り組む。

Twitter:@keiichisaito