僕は歌舞伎町のホストクラブ「ペガサス」で働く駆け出しホスト、袋小路ケン。三流大学に通うチビで非イケメンの僕がホストになったのは、モテる男になって片思いしている相手、相澤まさみちゃんに振り向いてもらうため。

バイト先で知り合ったまさみちゃんは、一流大学に通う帰国子女。僕なんて相手にされるはずもないと思っていたけれど、歌舞伎町のNo.1ホスト、ナオヤさんや、お客さんでNo.1キャバ嬢のナナさんにアドバイスをもらいながら、なんとか2回目のデートにこぎつけることができた。

「秘密を聞き出して共有することができたら、相手はケンのことを “特別な人”だって錯覚してくれるよ」(認知的不協和の心理テクニック)というナオヤさんの言葉に従って、「まさみという名前はお父さんの初恋の人からきている」という秘密を聞き出すことまではできた。

……それなのに思うように距離が縮まらない。たしかに仲良くなってきている気はするけれど、単なる「友だち」になってしまっている気さえする。そもそも、聞き出す秘密ってそんな秘密でよかったんだろうか?

<認知的不協和のテクニック>

  • 人は矛盾を抱えると自分を正当化しようとする。そのため脳錯覚を起こして行動や態度を変えてしまう。
  • 親しくない相手でも秘密をしゃべってしまうと、その行動を正当化するために「この人は特別な人だから秘密を打ち明けたんだ」と脳が錯覚を起こす。

No.1のナオヤさんが紹介してくれた相談相手とは?

いてもたってもいられなくなった僕は、すぐにでもナオヤさんに相談したかったのだが、ナオヤさんがつかまらない。テレビの制作会社から「No.1ホストの1週間に密着したい」と取材依頼があり、ナオヤさんが出演することになったのだ。

「打ち合わせやら撮影やらで、ゆっくり話ができる時間がしばらく取れないんだよね。そのかわり、ケンの相談にのってくれそうな人に声をかけておいたからさ。タメになることが聞けると思うよ」

本当に何から何までナオヤさんにはお世話になりっぱなしだ。その人はナオヤさんのお客さんということだが、僕はまだ一度も会ったことがない。ほかの先輩ホストに聞いてみたところ、最近はナオヤさんのバースデーイベントくらいしか顔を見せないものの、その一夜で1年分に相当するお金を使うらしい……。

そんなスゴイお客さんに、僕の悩みごとなんかを聞いてもらって大丈夫なのだろうか。ナオヤさんは「世話好きな人だから大丈夫」と言うけれど、正直なところ不安しかない。

先輩のヘルプについていると、黒服から「ナオヤさんから聞いてますよね? エミリさんがいらっしゃいました」と声がかかった。VIPルームに向かうと、エミリという名前には不釣り合いな、僕の母親くらいの年齢の地味な女性がポツリと座っていた。どこかで見覚えがあるような……。

「いらっしゃいませ。もしかして……以前、お会いしてますよね?」という僕の言葉に、エミリさんが顔を上げた。

テクニックを教わっても指名が取れない理由は?

そうだ! パンツ1枚でタバコを買いに行かされたあの日、「頑張んな!」と励ましてくれたレジのおばちゃんだ。神崎代表とも知り合いのようだったけれど、まさかナオヤさんのお客さんだったなんて。化粧っ気のないこの人が、ひと晩でウン千万円もお金を使うのか。一体、何者なんだろう。

「久しぶりだね。辞めないで続けてたんだ」

「はい、どうにか……」

「ナオヤが、『ケンっていう後輩が、昔の自分みたいでほっとけないから面倒見てやって』っていうから来てみたら、あんただったんだね。で、何で困ってるんだい?」

直球の質問に一瞬ひるんだが、ナオヤさんが紹介してくれた人なら間違いないはずだという思いもあり、僕は正直にすべて打ち明けた。なにしろ、ナオヤさんに教わった「相手の“特別な人”になるテクニック」をその通り実行しているつもりなのに、なかなか指名客が増えないのだから。

<相手の“特別な人”になるテクニック>

  • 自分の弱みや悩みを打ち明ければ、相手に親近感を持ってもらえる(自己開示のテクニック)
  • 相手を観察し、共感、同調することで「この人になら自分を受け止めてもらえる」「この人は自分に似ている」と思わせる(観察・共感・同調のテクニック)
  • 秘密を共有することで自分を“特別な人”と錯覚させて距離を縮める(認知的不協和のテクニック)

なぜ相手との距離を縮めることができないのか、自分ではわからない。その理由がわかれば、まさみちゃんとの関係も変わるんじゃないか……。説明にも思わず力が入ってしまう。

人は好意の示してくれる相手を嫌いになれない

「ナオヤは肝心なことを教えてないみたいだね」

エミリさんはため息をつきながら、話し始めた。

「ケンは、初回のお客さんに“好意を伝える”ってこと、ちゃんとしてる?」

「“好意”ですか? それはどういう……」

「あなたのことをもっと知りたい、親密になりたい、ってこと! うまくいくかどうかは別にして好意を伝えるから、相手はこっちを意識してくれるようになるんだよ。好意を示してくれる相手のことを嫌いにはなれないだろ?」

「もしかして、好意の返報性ですか? 一応、お客さんのことはできる限り褒めてるつもりなんですけど」

<好意の返報性のテクニック>

  • 人は自分を褒めてくれたり、好意を示してくれたりする相手には、好意を持ちやすくなる。
  • 相手に信頼され、好意をもたれるには、自分から相手に好意を示すことが必要。

「それで結果が出てないなら、相手に届いてないってこと。ビジネスで名刺交換した時だって、可愛い名前ですねとか、ネクタイ素敵ですね、くらいのやりとりはするよね。だったら、その上をいかないと、女の心なんかつかめないよ」

たしかにそうだ。ぐうの音も出ない。普通に褒めたくらいなら、社交辞令程度に思われるだけだ。以前の僕はその社交辞令さえも実践できていなかったのだから、本当に情けない。何となく一人前のホストになった気でいたけれど、今、ようやく普通の人のスタートラインに立てただけだったのだ。

「ただし、好意を伝えるにもマナーがあるんだ。いきなり『お前のこと好きだ。だから、オレのためにお金を使ってくれ』っていうんじゃダメなのはわかるよね? 」

「もちろん、それくらいはわかります」

「普通の恋愛でも、非モテほど唐突に告白して玉砕してるでしょ。信頼関係がない状態だから、当然、相手に拒否されて終わっちゃう。好意を示すといっても、やり方を間違えたら相手にとってはセクハラみたいで気持ち悪いからね」

「ですよね。どこまで踏み込んでいいのかがわからないんです……」

「まずは、相手に拒否されない好意の伝え方を覚えなきゃね。相手が嬉しいと思ってくれる範囲で、好意をできるだけ伝えていくんだよ。テクニックを駆使するのは、そのあと」

エミリさんいわく、「拒否されない好意の伝え方」には大きく5つあるという。

<相手に拒否されずに好意を伝えるテクニック>

  1. 褒める、親切にする
  2. ミラーリング
  3. タッチング
  4. ボディ開示・アイコンタクト
  5. 思わせぶりな言葉

「(1)褒める、親切にする」は、ナオヤさんに教わったことをもっと徹底すればいいだろう。「(2)ミラーリング」もなんとかモノにしようと奮闘中だから、問題は(3)以降だ。

セクハラまがいのタッチングは論外

「タッチングって、どの程度なら大丈夫なんでしょうか?」

「ベタベタ触るセクハラまがいのタッチングは論外だよ。最初は、席まで案内する時に腰を支える、話が合ったらハイタッチする、外で会うなら歩道側に誘導してあげるくらいで十分。初めからいろいろやろうとすると、頭がこんがらがるからね」

いきなり多くのことをやろうとしなくていい、というのはナオヤさんたちにいろいろ指導してもらいながら僕が学んだことだ。すぐにできそうなことから始めれば、失敗も減るし、目の前のハードルの高さに心が折れてしまうこともなくなる。

「それがクリアできたら、パーソナルスペースに踏み込んで、ちょっとした接触を繰り返すといいよ」

「パーソナルスペースってなんですか?」

「目に見えない、自分の縄張りみたいなものっていったらいいかな。人はそれを越えて入ってこられると、不快に感じるんだよ」

「だったら、嫌われてしまうじゃないですか!」

「コツがあるんだよ。話している時に、前髪をサッと直してあげるとかね。正面切ってベタベタ触られたら嫌がられるだろうけど、他のことに気を取られている時にさりげなく触れる程度なら、気にならないっていうわけ。」

「それってもしかして……認知的不協和ってやつですか?」

「そうそう。『髪の毛を触らせたってことは、この人に気を許しているんだな』って後付けで自分を納得させようとするんだよ」

「認知的不協和って、いろんな場面で使えるんですね」

「だからって、店以外でやたらと使うんじゃないよ。ホストクラブのお客さんは非日常を楽しみにきてるからいいけど、いきなり大学の後輩の子を触ったら立派なセクハラだからね」

相手のパーソナルスペースに入り込むには?

エミリさんいわく、デートでL字型の席やカウンター席がおすすめなのも、パーソナルスペースに入りやすいためだという。特にカウンター席は、男が一番端の席に座ると、女性の隣りに知らない人が座ることになるため、自然と男のほうに体を寄せることになり、パーソナルスペースに労せず入ることができる。そうなると女性の警戒心は薄れ、手を握ったりしても拒否されにくくなるという。

ナオヤさんから教えてもらった吊り橋効果以外にも、「暗い、狭い、近い店」には、2人の距離が縮まりやすい理由があったんだと、今さらながら気づく。残念ながら、僕はその利点を生かすことはできなかったけれど……。まさみちゃんとの次のデートは、絶対カウンター席のある店に行こう。

そう決心した僕の顔を見て、エミリさんは「ケンはタッチングも苦手そうだけど、『ボディ開示・アイコンタクト』もダメそうだね」とため息をついている。

自分ではずいぶん成長したつもりでいたけれど、まだまだホストとしての基本ができていないらしい。でも、ナンバーワンになるためにも、まさみちゃんと付き合うためにも、あきらめるわけにはいかない。

僕は空になったエミリさんのグラスに氷を入れながら、「ボディ開示ってどういうことですか?」とめげずに質問を続けた。

<構成/伊藤彩子>

▶︎第20回は、7月28日(火)の公開予定です

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この記事を書いた人

斉藤恵一

斉藤恵一(さいとう・けいいち)

セルフマネジメントプロデューサー。日本心理学協会 認定心理士。大学時代に歌舞伎町のホストの世界に飛び込むも半年間売り上げゼロ。そこからセルフブランディングに取り組み、約6年間売上げNO.1となる。現在は美容業界、アパレル業界などでメンタリングやコミュニケーションスキルなどセルフマネジメントのプロデュース、人材育成に取り組む。

Twitter:@keiichisaito