販売はオンラインのみ、数分で売り切れると話題の「Mr. CHEESCAKE」(ミスチ)。31歳でミシュラン星付き店のシェフに就任するなど、料理人として王道のキャリアを積んだ田村浩二さんが立ち上げた話題のチーズケーキブランドです。

その人気ぶりから、後追いで同じような販売方法を取るブランドがいくつも登場したほど。それでも田村さんは「他のブランドとは本質的に違う」と語ります。

田村さんが考える「本質的な違い」とは何なのでしょうか。お話を聞いているうちにミスチが愛される理由が見えてきました。

売り方で話題を作ろうと考えたことはない

田村浩二(たむら・こうじ)。Mr. CHEESECAKE 代表取締役。若干31歳でミシュランの星付き店のシェフに就任。現在は複数の事業を手がける事業家として活動。

──「人生最高のチーズケーキ」と人気のミスチですが、週1回(※)の限定販売という売り方も注目されて話題になりました(※2020年8月現在は週2回の販売)。

田村:ありがとうございます。ただ、誤解されてることが多いんですが限定販売はマーケティングじゃなくて……。売り方で話題を作ろうと考えたことはないんです。

──えっ、そうなんですか?

田村:販売本数や売り上げを公表していないので、「すぐ売り切れるのは販売数が少ないから」「毎週売り切れにして煽ってる」と言われることもあります。でも、販売本数や販売日数を調整するだけでうまくいくわけないですよ。

たしかに。それだけでうまくいくなら、みんなやりますね。

──販売方法が注目されて同じような売り方をするブランドが増えたそうですが、それは本質ではない、と。

田村:瞬間的には注目されるかもしれませんが、それだけで長く続けられるとは思えません。毎週、真摯にものを作って買ってもらい続けるって生半可なことではないので。なぜその売り方なのか、本質を考えなければやり方だけ真似てもダメだと思います。

なぜミスチは限定販売を始めたのか

──ミスチはどうやって今の売り方にいきついたんですか?

田村お客さまのことを考えた結果として、この売り方を選びました。お客さまが少しでも買いやすくすると同時に、僕たちが製造に集中して一人でも多くのお客さまに商品をお届けするための方法なんです。

──どういうことでしょう? もう少し詳しく教えてください。

田村:そもそもミスチは、僕がレストランで働いていた時に個人で販売を始めたのが始まり。当時は製造も販売もすべてひとりでやっていたので、朝、4時半からチーズケーキを作って、レストランが終わった夜中に発送業務をしていました。

いったい1日何時間働いてたんですか?

──料理人として働きながら!? それでは忙しすぎて回らないのでは…?

田村毎日2時間睡眠という時期もありましたね。インフルエンサーの方に紹介していただいて注文が一気に増えたんですが、それを全部受けちゃうとお届けがかなり遅くなってしまうのでよくないな……と。

──それでどう対応したんですか?

田村Twitterでアンケートを取ったんです。「いつでも注文できるけどいつ届くかわからない」のと「週に1回しか買えないけど、その週に必ず届く」のとどっちがいいですか? って。そうしたら「週1回」と回答する人が多かったんですよ。

──そこから週1回の販売っていうスタイルが始まったんですね。

田村:週に70本を販売できるとして、10本ずつ7日間販売しても、需要のほうが大きければ毎日売り切れ状態が続いてお客さまにはストレスです。だったら1回にまとめたほうがわかりやすいし、ストレスも減らせると考えたんです。

──毎日買いに行くたびに売り切れだと、買いたい気持ちも萎えてしまいますね。

田村:それに、1日10件の注文を7日間毎日処理するのと、1日で70件を処理するのとでは、1日にまとめたほうが確実にスピードは速いんです。その時間を製造に回せば販売数を増やすこともできます

ミスチと他のブランドとの本質的な違いとは?

──週1販売には、そんな合理的な理由があったんですね。

田村:僕は何事も効率的にやりたいんですが、それがお客さまのニーズや感情にフィットしなかったら意味がありません。レストランを辞めて会社を作った後も、ありがたいことに需要のほうが多かったのでお客さまのためと信じてこのやり方を続けています。

──圧倒的にお客さんのほうを向いている……。

田村:なぜこの売り方になったのか、その背景なしにやり方だけトレースするブランドが増えたのは本当に残念です。本来は、買いたいと思った時にすぐ買えないのは、お客さまにとってすごくストレスなんですよ。

効率性は大事、でも顧客体験はもっと大事。

田村:来てくれたお客さまに「1週間後に販売します」と告知しても、ほとんどの方はその時まで覚えていてくれません。なのに流行っているからと週1販売をするのは機会損失ですし、何よりもお客さまのためになってないんですよね。

──たしかに。商品があって、欲しいお客さんがいるのに週1販売を維持するために売らないのだとしたらそれはおかしな話です。

田村:どんなことも「何のためにやるのか」を考える必要がありますよね。その点で表面的なやり方だけをトレースした他のブランドとミスチとでは本質的に違うので競合するとは考えていません。

田村:ただ、お客さまにとってはどちらも同じようなチーズケーキに見えるかもしれませんよね。他のケーキを買ったら、その分、ミスチを買うのは先になります。そういう食い合いは避けられませんが、真摯にものを作り続けるしかないです。

「人の転機」になるものを作りたい

──「何のために」という話が出ましたが、田村さんは何のためにチーズケーキを作ってるんですか?

田村僕はチーズケーキで世界を変えたいんです。ミスチのケーキを食べてくれた人が、誰かにプレゼントしたいとか紹介したいと思ってくれるって、かなりのエネルギーが必要なことだと思いませんか?

──そうですね。それだけ食べた人の心が動いたってことだと思いますから。

田村:そうなんです。美味しいと思ってもらうのは当たり前なんですが、食べてくれた人の感情や行動がどう変わるかを大事にしたいんです。極端な話、人生が変わることだってあると思うんですよ。

チーズケーキが人生を変える!?

田村:たとえば、「こんな美味しいケーキがあるんだったら自分も作りたい」と思う人や、これを仕事にしたいと食の世界に転職する人がいるかもしれません。ミスチのビジネスを見て、自分も起業しようと考える人もいるかもしれない。

──たしかに……チーズケーキで人生が変わることはあり得ますね!

田村「人の転機」になるものを作りたいし、「人の転機」になれる会社でありたい。だからこそ自分たちに何ができるかを常に考えなくてはいけないし、ものを作るだけで終わってはいけないというのは、僕が一番に考えていることなんです。

──田村さんにとって、ものを作ることは目的ではなく手段なんですね。

「美味しい」のは当然。そこにどんな価値を乗せるかが大事

田村:僕は食べ物を作る側の人間なので、当然、美味しいという価値を大事にしてるんですが、今はどんどん「美味しい」の概念が変わってきてますよね。

「美味しい」の概念が変わってきてるとは?

田村:今ってコンビニのシュークリームがすごく美味しいじゃないですか。で、専門店のものももちろん美味しいんですよ。どちらも「美味しい」なんだけど、それぞれが提供する価値ってまったく違うんです。

──美味しさの質が違うということですか?

田村:コンビニのシュークリームって、あの美味しさがいつでも100円ちょっとで買えるのはすごいこと。手軽さや価格といった機能性が高いんです。

一方で、専門店のシュークリームは高いし、わざわざその店に行かないといけなくて利便性も低いけど、焼きたてのカリッとしたシュー生地に丁寧に作られたクリームが入ってる美味しさって、そこでしか食べられない価値なんですよね。

──単純に比較できない価値がそれぞれにあるんですね。

田村:今はただ「美味しい」というだけではダメ。「美味しさの価値」が多様化する中で自分たちはどんな価値を提供するのか考えて、それをお客さまとのコミュニケーションの中でしっかり伝えることが大事だと思います。

──「美味しい」以外の付加価値を伝えないとお客さんに選ばれない?

田村:ミスチだったら、レストランが出すデザートのような柔らかい食感のケーキをオンラインで注文して自宅で体験できる。冷凍で小分けできるから一度に食べ切らなくても、食べたい時に食べられる。そうした機能性も含めての「美味しさ」なんです。

ただ「美味しい」だけではコンビニのスイーツに勝てない。

──小分けできるのはいいですよね。ホールケーキを買うと、食べ切るまでがちょっと大変なので……。

田村:食べ切るまで毎日食べることになるから、最初のワンカットは美味しくても、それ以降は「食べなきゃいけないもの」になっちゃうんですよね。「美味しい」からズレてしまう。

──ミスチは成功していますが、どんな価値を提供したらお客さんに受け入れられるか考えるのはとても難しいのでは?

田村:そうですね。お客さまがどんな家で過ごしていて、どういう時間に何を食べるのかとか、冷蔵庫と冷凍庫はどれくらいのサイズのものがあるのかとか、しっかりお客さまのことを見ていないと考えられないことだと思います。

──お客さんのことを考え抜く必要があるんですね。

田村:たとえばパッケージひとつ取っても、その視点が必要です。ミスチでいえば、冷凍なので家庭の冷凍庫で保管しやすいパッケージを考える必要がある。今販売しているものは縦長なので縦にも横にもスポッと入るんですけど、もし丸い形にしていたらすごく不便だったはずです。

今は「美味しい」以上の価値を商品に乗せないと競争に勝てないし、成長できません。そのことを作り手が意識して、自分たちはどんな価値を実現するのか突き詰めて考えることが必要な時代なんじゃないでしょうか。

田村浩二(たむら・こうじ)

新宿調理師専門学校を卒業後、乃木坂『Restaurant FEU(レストラン フウ)』にてキャリアをスタート。 ミシュラン二ツ星の六本木『Edition Koji Shimomura(エディション・コウジ シモムラ)』の立ち上げに携わった後、 表参道『L’AS(ラス)』を経て渡仏。三ツ星レストラン、 一ツ星レストランで修業を重ね、2016年に帰国。 31歳の時、世界最短でミシュランの星を獲得した『TIRPSE (ティルプス)』のシェフに就任。現在は Mr. CHEESECAKE の他、消費者と生産者をつなぐ事業家などとして活動している。

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取材・文/伊藤美咲(@misaki2018jp
写真/金子山(@kanekoyama