僕は袋小路ケン。三流大学に通っていたチビで非イケメンの僕は、片思いの相手、相澤まさみちゃんに男として見てもらいたいという思いから、歌舞伎町のホストクラブ「ペガサス」でホストのアルバイトを始めた。

なのにまったく指名が取れず、心が折れかけていた僕をNo.1ホストのナオヤさんが面倒をみてくれて、少しずつ自分に自信を持てるようになってきた。

そして念願のまさみちゃんとのデートの日。そこで知らされたのは、まだ僕は告白もしていないのに、まさみちゃんは元彼とヨリを戻していたっていう事実だった……。

フラれてから1年。僕はまだホストをしている

告白もしないうちに、まさみちゃんにフラれてしまってから、あっという間に1年がすぎた。僕は今も「ペガサス」で働いている。

「あとちょっとでラスソン取れそうだから、シャンパン入れてもいい?」

週1ペースで店に通ってくれているハルナに頼み込むと、いとも簡単に「いいよ♪」と30万円のシャンパンを入れてくれた。ちなみに、ラストソング、通称ラスソンは、その日の売上げが一番多いホストが営業終了時に最後に締めとして歌う歌のことだ。

僕の自虐芸を気に入ったハルナが、僕を担当に指名してくれて半年になる。自虐芸といってもお笑いのネタをやるわけじゃない。自分のダメなところを、聞いた相手が笑えるような言い方で自分からさらけ出してしまうのだ。

これは自己開示のテクニック。自分の弱みをさらけ出すことで相手に親しみを感じてもらったり、信頼関係をつくったりできるという。これもホストとして働くうちに学んだテクニックだった。

<自己開示のテクニック>

  • 自分から「弱み」をさらけ出すことで、相手は心を開いて自分に親しみを持ってくれる。
  • さらけ出す「弱み」は明るく笑えるものがよい。ネガティブすぎたり、深刻すぎるものは相手が反応に困って逆に引かれてしまう。

No.1だったナオヤさんは実業家の道へ

ハルナはどんな仕事をしているのかはっきり教えてくれない。でも店での金遣いを見ていると、どうやら耳にしているウワサは本当らしい。友だちと作った会社を上場させて、億単位のお金を手にしたという話だ。もちろん努力や苦労もあったはずだけど、その強運がうらやましい。

ラスソンの前奏が流れてくる。キンプリの『シンデレラガール』が僕の持ち歌だ。音痴丸出しで笑いを取りながら、ヘルプの後輩たちに踊りを担当してもらい、どうにか間を持たせている。

最近は、月に何回かはラスソンを歌えるようになってきた。でも、もうナオヤさんに僕のラスソンを聞いてもらうことはできない。

ナオヤさんは年が変わって早々にホストをやめ、スパイスカレーとクラフトビールの店のオーナーになった。将来的にはフランチャイズ化して、全国展開するらしい。おいしいものが好きなナオヤさんらしい選択だ。

ブラック企業に入るか、ホストを続けるか

この1年で、周りの人たちも僕自身も大きく状況は変化している。

僕は無事、大学を卒業できたものの、唯一内定をもらったのは不動産系のブラック(と噂の)企業。受話器を握った手をガムテープで固定されて営業電話をひたすらかけさせられる、なんて話も聞こえてくる会社だった。

そんな思いをして会社に勤めるくらいならと、僕はホストの道を選んだ。大学まで行かせてもらった親には言いづらくて、IT系企業に就職したことになっているけど。

そして、アナウンサーとしてキー局に就職したまさみちゃんは、最近テレビで見かける日が増えてきた。あれ以来、連絡は取っていないけれど、新人ながら朝の情報番組のリポーターを務めているから、毎日のように顔を見ている。不思議な感じだ。

正直、いまだにまさみちゃんのことを想う気持ちは変わっていない。せめて告白してフラれたならあきらめもつくと思うが、何もしないうちに終わってしまった。元彼とヨリを戻したと聞いて、すごすごと退散してしまった自分が情けない。

とにかくNo.1ホストになって、自分に自信が持てるようになったら、もう一度まさみちゃんにアプローチしよう。もう彼とだって、別れているかもしれない。

僕の成績が伸びたのは「ほめ方」を知ったから

ここ半年で売り上げがグッと増えたのは、あとから店に入ってきた後輩たちとの連携プレーができるようになったのも大きい。もとをたどれば、ナオヤさんのお客さんだった大地主のエミリさんの言葉がヒントになった。

エミリさんは、今は僕のお客さんになって店にたまに顔を出してくれる。そのたびに、エミリさんから「ナオヤが、ケンのこと心配してるよ」「よく頑張ってるってホメてるよ」と言うのを聞くと、なんだか胸がきゅんとしてしまう。ナオヤさんが、今も自分のことを心配してくれてるんだと思うとうれしいからだ。

もしかして、これは接客にも使えるかもしれない。

そう思った僕は、後輩たちがヘルプについてくれる時、「僕が席を外している間、つまり僕のいないところで“僕がホメていた”と必ず言ってほしい」と頼んだのだ。

相手を直接ほめないほうがうまくいく

「〇〇さん(お客さま)のこと、ケンさんがいちばん可愛いってホメてました」

「さりげなく気づかいができる女性だねって、ケンさんが絶賛してましたよ」

「本当はもっと〇〇さんと一緒にいたいのにって、ケンさん残念がってました」

こんなふうに、お客さまを第三者のヘルプたちにホメてもらうようになってから、僕の成績は明らかに伸びてきた

あとから心理学の本で調べたら、これは「陰褒め(かげぼめ)」というテクニックらしい。

お客さまを「可愛いね」と面と向かってほめても、「またまた~」となかなか本気にしてもらえない。なおさら、多くの女性と接しているホストなら、簡単には信用してもらえないだろう。

でも、第三者から「あの人が、あなたのことを可愛いって言ってましたよ」と聞けばどうだろうか。

人は、第三者からほめ言葉を聞くと“ほめられた”という事実を受け入れやすくなるのだという。僕が使っているのは、この心理を利用した「ズルい」ほめ方

ほめられて嫌な気持ちになる人はいない。面と向かって言われると「いやいや……」と思ってしまう場合でも、素直に受け取ってもらえる。

結果、僕が好意を持ってるってことも伝わるし、そうすればお客さまの側にも「嫌われたくない」という気持ちが生まれて、無意識に財布のひもが緩むことになるのだ。

<「陰褒め(かげぼめ)」のテクニック>

  • 第三者に「○○さんのことをほめてましたよ」などと伝えてもらうことで、信ぴょう性を高めることができる
  • 面と向かって褒めると受け入れてもらえない場合も、“ほめられた”事実を受け入れてもらいやすくなる

ヘルプとの連携プレーはホストにとって重要な戦略

それに、ヘルプとの連携プレーは、ホストにとって重要な戦略のひとつだ。たとえば、ヘルプと連携することで、お客さま同士の競争をあおることもできる。これも、お客さまを見ていて気づいたことだ。

お客さまの中には、行きつけのホストクラブが何軒かある人がいる。僕のお客さまにもいて、アフターに誘われた時に、スケジュールが詰まっていて「今日はすみません……」と断ると「じゃあ、『キャンディ』に行くからいいや」と、すぐさま別の店に行こうとするのだ。

そうなると、ほかの店に大事なお客さまをとられてしまわないよう、僕は必死に予定をやりくりして、結局、アフターに付き合うことになる。しかも、彼女を自分につなぎとめておきたい一心で、アフターの会計も自分持ちで払わせないことになる。

つまり、自分でも知らないうちに、他店のホストと競わされていたのだ。

お客さま同士を競わせて売上げを上げるテクニック

このことに気づいた僕は、ある日、これを逆手にとることを思いついた。

複数のお客さまから指名をいただいている場合、当然、1人のお客さまのテーブルだけにずっといるわけにはいかない。Aさんというお客さんの席についている時に、Bさんから指名をいただいたら、Bさんの席にも顔を出さなければいけないのだ。

そんな時、Bさんの席でヘルプにめちゃくちゃ盛り上げてもらい、その様子をAさんについているヘルプが「あっちは盛り上がってますね」とさりげなく見せるのだ。

すると、Aさんは「Bに取られたくない」と思って高額ボトルを入れる。ボトルを入れてくれれば、僕はAさんのテーブルに戻るから。そして、それを見たBさんも、「自分も!」と張り合って高額ボトルを入れてくれるというわけだ。

後から知ったことだけど、こうしたライバル同士を競わせる手法は、男性よりも女性に有効だという。それもまゆつばものの話ではなく、アメリカのエドワード・デシという心理学の権威が実験で証明していることなのだ。

デシ教授は、女性の被験者を2つのグループに分け、パズルを完成させる時間を競わせる実験を行った。ひとつのグループには、周りの人より早く完成させるように伝え、もうひとつのグループには、自分のペースで完成させるように伝えた。

その結果、競争ナシのグループの平均タイムが170.8秒だったのに対し、競争アリのグループは55.9秒。じつに約2分ものタイム差がついた。ところが、同じ実験を男性に行ったところ、女性のような極端なタイム差は出なかったそうだ。

欲しいものは自分から奪いに行かないと手に入らない

女性のほうが負けず嫌いだなんて、昔の僕なら信じられなかったかもしれない。でも、ホストを初めて1年と少し経った今、僕には素直に受け入れられた。

そもそも性別の差なんて関係なく、だれだって好きだと言われればうれしいし、誰かの二番手より、一番がいいに決まっている。

そう思うと、あの日、まさみちゃんに告白もせず、勝手に負けを認めて敵前逃亡した自分に、あらためてため息が出てくる。恋愛にライバルがいるのは当然の話なのに、何をしていたのだろう。

欲しいものは奪いにいかないと手に入らない。まさみちゃんにしても、No.1ホストの座にしてもだ。

やっと、そんな世の中の単純なしくみがわかるようになっていた。

<構成/伊藤彩子>

この記事を書いた人

斉藤恵一

斉藤恵一(さいとう・けいいち)

セルフマネジメントプロデューサー。日本心理学協会 認定心理士。大学時代に歌舞伎町のホストの世界に飛び込むも半年間売り上げゼロ。そこからセルフブランディングに取り組み、約6年間売上げNO.1となる。現在は美容業界、アパレル業界などでメンタリングやコミュニケーションスキルなどセルフマネジメントのプロデュース、人材育成に取り組む。

Twitter:@keiichisaito