僕は袋小路ケン。歌舞伎町のホストクラブ「ペガサス」で働くホストだ。

チビで非イケメン、三流大生だった僕がホストになったのは、ずっと片思いしていた子に男として認めてもらいたかったから。でも、勇気がない僕は気持ちを伝えられず、ウジウジしている間にまさみちゃんは元彼とヨリを戻してしまっていた。

それから1年が過ぎ、大学をなんとか卒業した僕は、今も「ペガサス」でホストを続けている。

ダメホストだった僕も少しは成長したらしい

「マイちゃん、指名ありがとう! どうして指名してくれたの?」

マメに営業LINEを送り続けたかいがあって、ついにマイちゃんが僕を指名してくれた。マイちゃんが半月ほど前に初めて「ペガサス」に来てくれたお客さまだ。

初回のお客さまの席にはいろんなホストが10分交代でつくのが店のルール。僕もその時に10分間だけ接客したのだが、そこから指名を獲得するのは並大抵のことじゃない。指名がまったく取れないダメホストだった僕も、少しは成長しているようだ。

「いやー、迷ったんだけど、LINEですごく優しかったから」

「ホント? うれしいよ! 数十人いるホストの中から選んでくれたんだから。前髪、パッツンにしてるの? かわいいね」

「ありがとう。昨日、自分で切ったの」

「自分で? 気合い入れて会いに来てくれたんだ」

「わかる?」

「わかるよー。じつは……」

「前髪パッツンの女の子って好きなんだ」と口にしようとした時、「ケンさん、すみませんお願いします」と、内勤から呼ばれた。別の指名客が来店したのだ。

話を中断されると、人はその先を聞きたくなってしまう

「いい? 続きはまたあとでね」と途中で話を打ち切って、僕は別のテーブルに急ぐ。

指名がかぶるようになってから、前とは違って、お客さまを待たせてしまうし、テーブルでゆっくり話をすることもできなくなった。でもなぜか、前よりも足繁く通ってくれるお客さまが増えている

つまり、一回の接客時間が短くなると、来店頻度が増えるという僕にとっては理解不能な現象が起こったのだ。お客さまをじっくりもてなして、満足していただいてこそ指名が取れると思っていたけれど、どうもそうでもないようだ。

不思議に思って調べたら、これは「ザイガルニック効果」という心理効果らしい。

心理学者のザイガルニックらがベルリン大学近くでランチをとっていたところ、何も書き留めずに注文をすべて記憶し、正確に配膳してくれたウェイターがいたという。

ザイガルニックらはこのウェイターの記憶力に驚いて、店を出たあと、もう一度ウェイターの元に戻ると、ザイガルニックらがどこに座っていたのか、何を注文したのかもきれいさっぱり忘れてしまっていたのだ。

つまり、中途半端になっている作業は強く記憶に残り、完了した作業は忘れやすいということ。

結末がわからない状態で話を中断されると、人は無意識のうちにその先を想像してしまい、続きを聞かずにはいられなくなってしまうのだ。

【ザイガルニック効果とは】

  • ザイガルニック効果とは、中途半端になっている作業は人の記憶に強く残り、逆に完了した作業は忘れやすいという心理効果

僕は頭の中で、これまでナオヤさんやお客さんたちに教わったことを思い出していた。

ほとんど接客してもらえないのに売れっ子を指名したくなるワケ

たしかに連続ドラマや連載漫画はいつも“いいところ”で終わる。そんな結末が見えないところで「続きは来週」となるから、ストレスを感じながらも、「早く続きが観たい!」と心待ちにしてしまうことが多い。

考えてみれば、ホストの指名もこれと一緒なのだろう。売れっ子ホストほど、指名してもほとんど席にいられずに話が中途半端になるから、お客さまは「何を話そうとしたのかな」と気になって、「また会いたい」と思ってしまうわけだ。

店に入りたてのころは、早口でペラペラたくさん話すことが女性を惹きつけるコツだと思っていた。今思えば、とんでもない勘違いだったわけだけど……。

それより、「ハイ、今日の話はここまで」「続きはまた今度ね」と思い切って話を打ち切って、情報を出し惜しみしたほうがお客さまの気を惹ける

もちろん、あまり極端にやりすぎると、「いつも話が宙ぶらりんで、おもしろくない」と見切りをつけられてしまうから、ほどほどが大切だ。つまり、お客さまを楽しませつつも完全には満足させない。そう、「少しの不満」を残すのがコツなのだ。

アフターや店の外でお客さまと会うときも、何時間もダラダラ一緒にいるより、「今日はここまで」とサッと帰ったほうが、「もう帰っちゃうの!? まだ一緒にいたい」と思わせることができる

いつでも会える相手だと、一緒に過ごすことが当たり前になってしまう。でも、なかなか会えない相手や、会えても短い時間だけという相手だと、一緒に過ごせる時間が貴重に感じられる。つまり、相手にとっての自分の価値を高めることができるというわけだ。

【ザイザルニック効果を使った心理テクニック】

  • 結末を伝える前に話を中断すると、相手は無意識のうちにその先を想像するため、続きが気になってしまう
  • あえて話を打ち切って、情報を出し惜しみしたほうが相手の気を惹ける
  • 何時間も一緒にいるより、相手に少しの不満が残るくらいのタイミングでサッと帰ったほうが「まだ一緒にいたい」「また会いたい」と思わせることができる

No.1キャバ嬢に教わった相手の気持ちを読むテクニック

別のテーブルで待っていたのは、No.1キャバ嬢のナナさんだった。

ナナさんは、僕を初めて指名してくれたお客さま。今でもこうして店に来て、僕に接客のテクニックをアドバイスしてくれる。

「私を待たせるなんて、いい度胸じゃない?」と笑いながらナナさんが言う。

「指名をたくさんもらえるようになったのは、全部ナナさんのおかげです! この前教えていただいたアレも、効果テキメンでした」

「私、何を教えたっけ?」

相手の感情を知るテクニックです。あれで、初めてナンバー入りできたんですよ」

ナンバー入りとは、売上トップ10(店によってはトップ5やトップ20のことも)に入ることをいう。

「ああ、手を握るやつね。試してみたんだ!?」

ナナさんいわく、手のひらで相手の心が読めるという。

ジャン・アストロムというスウェーデンの精神科学者によると、手が湿っている人は神経質、手が乾いている人は社交的な傾向を持っているそうだ。

それだけじゃない。手のひらには、その日の心の状態があらわれるから、手のひらが湿っているか乾いているかで、相手がどんな気持ちなのかわかってしまうというのだ。

【手のひらには精神状態があらわれる】

  • 手が湿っている人は神経質、手が乾いている人は社交的な傾向を持っている
  • 手のひらには精神状態があらわれるので、手のひらが湿っているか乾いているかで相手の心が読める

お客さまがボトルを入れてくれるかを見抜くには?

これは、たとえば頼みごとをするときに役に立つ。

お客さまの手が湿っているときは神経質になってるので、強引な頼みごとをすると失敗する可能性が高い。逆に、手のひらが乾いているときは、開放的な気分になっていることが多いので、お願いを聞いてもらえる可能性がアップするわけだ。

ホストたちのナンバーは、締日までの売上げで決まる。締日とは、その月の売上げが確定する日のことだ。「あと少しで初めナンバー入り」というときに、実はこのテクニックに助けられた。

実は、ちょうど締日の前に来てくれた指名のお客さまに、「お願い! 初めてナンバー入りできるかもしれないんだ」と高額ボトルを入れてくれるように頼み込んだのだ。なぜなら、そのお客さまの手をさりげなく握って確かめてみたら、温かく、乾いていたから……。

すると、お客さまの答えはイエス。それで、ようやく僕はナンバー入りを果たせたというわけだ。

【ザイザルニック効果を使った心理テクニック】

  • 相手の手のひらが湿っているとき神経質になっているので、頼みごとをしても失敗する可能性が高い
  • 相手の手のひらが乾いているときは、開放的な気持ちになっていることがおおいので、頼みごとをOKしてもらえる可能性がアップする

成長したはずが、まだNo.1キャバ嬢にはかなわない

その話をすると、エリカさんは「ケンもお客さんの手を握れるようになったんだ。成長したね~」と笑いながら言ってくれた。

「ありがとうございます! 自分でもそう思います」

「どう? 初めてナンバー入りした気分は?」

「うれしいですけど、No.1への道のりはまだまだ遠いなと」

「そうかもね。ケンに足りないのは……」

と、ナナさんが最後まで言い終わらないうちに、「マイさんがそろそろ限界です」と内勤が呼びにきた。ヘルプがヘマをして、マイちゃんを怒らせてしまったらしい。

「ナナさん、あとでまた教えてください。ちょっと失礼します」

「私、今日行くところがあるから、今度ね」

「えっ!? もう帰っちゃうんですか? すぐ戻ってくるからいてくださいよ」

「また来るから」

ザイガルニック効果をナナさんに実践されてしまった。これだからナナさんにはかなわない。それにしても、ナナさんは何を言いかけたのだろう。

再びマイちゃんの席に向かいながら、自分に足りないものを考えてみたけれど、まるでわからなかった。

<構成/伊藤彩子>

▶︎第24回は10月15日(木)の公開予定です。

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この記事を書いた人

斉藤恵一

斉藤恵一(さいとう・けいいち)

セルフマネジメントプロデューサー。日本心理学協会 認定心理士。大学時代に歌舞伎町のホストの世界に飛び込むも半年間売り上げゼロ。そこからセルフブランディングに取り組み、約6年間売上げNO.1となる。現在は美容業界、アパレル業界などでメンタリングやコミュニケーションスキルなどセルフマネジメントのプロデュース、人材育成に取り組む。

Twitter:@keiichisaito