「なぜ、この商品がバズっているのだろうか」Twitterを見ていて、そんな風に疑問に感じたことはありませんか? たとえば、こちらで紹介されている“ねこねこ食パン”。

たしかに、ねこ好きにはたまらない可愛さではありますが、一見ふつうの食パンを何の変哲もないねこの形にしただけなのに、どうしてこんなにヒットしているのでしょうか

その理由を探るべく、ねこねこ食パンを手がける「オールハーツ・カンパニー」のデザインやブランディング担当者・池端慶さんにお話を伺いました。

左からPOLA「B.A」「V RESONATIC CREAM」、「SAVAS」プロテインシェーカー。

実は池端さん、ねこねこブランドに携わる以前は「SAVAS」のプロテインシェーカーやPOLA「B.A」など、数々の有名デザインを手がけてきた超実力派。そんな池端さんが考える、ヒットの法則とは……?

時代も国も超えて愛されるヒットの法則がある!

池端慶(いけはた・けい)。オールハーツ・カンパニーCCO。国内外のデザインアワードにて、「red dot award最高賞」他、数多くの受賞歴を持つ。

——ずばりお聞きしますが、なぜいたってシンプルなねこの形をしたパンがバズったのでしょうか?

池端慶さん(以下、池端):僕はねこねこ食パンの開発者ではないですが、ヒットの理由は解説できます。もちろん「おいしいから」という前提がありますが、デザインの側面でいえば、奇をてらった派手なものや複雑で凝ったデザインを目指すより、実はシンプルな方がヒットするんです。さらにいうと、シンプルだけど強いもの。たとえば、ミッキーマウスもそうですね。

——ミッキーマウスが、シンプルで強い……といいますと?

池端:実際に描いてみるとわかります。丸3つだけでも、誰が描いてもミッキーマウスだと一目瞭然ですよね。時代や国を超えて人類に愛されるためには、それぐらい超アイコニックである必要があるんです。

——言われてみれば、ハローキティやミッフィーも誰が描いてもわかるシンプルなデザインですね。

池端:そうなんですよ。ねこねこブランドの公式キャラクターも、目に入った瞬間にうちのロゴだと認識してもらえるように、つながった丸ふたつでわかるくらいシンプルにしています。

左はねこねこ公式キャラクターの設計図。複雑に見えるが、仕上がりはとてもシンプル。

池端:実は、世代を超えて愛されているキャラクターにはもうひとつの共通点があるんですが、何かわかりますか?

——うーん、ハローキティもミッフィーも無表情とか……?

池端:ある意味、正解です。正しくは、“受け手への柔軟性を内包させたデザイン”ということです。

——柔軟性といいますと?

池端:受け手次第でいかようにも見えるということです。たとえばモナリザや仏像もそうですが、見る時の気持ちによって、微笑んでいるように見えたり、泣きそうな顔に見えたりしませんか?

——たしかに! 見る人やその時の感情によってとらえ方が変化するということですね。

池端:そうですね。そうした、つくり手のエゴを押し付けない普遍的なデザインは、いつの時代でも、どの国の人にでも受け入れられる。ねこねこ食パンも、一人ひとりが表情を想像しているのだと思います。

——なるほど。ねこねこ食パンが多くの人の心を掴んだ理由はそこにあったんですね。シンプルで強くて、普遍的。

池端:だから僕は、手掛けるデザインすべてにおいて、シンプルで強く、普遍的なのに唯一。そして、受け手への柔軟性を内包したデザインであることを大切にしています。これ、僕の必勝パターンだから言いたくなかったな(笑)。

同じ直方体のパッケージでも、面が正面にくるのが一般的だが、B.A(左・画像はリニューアル前のもの)は角が正面。ありそうでなかった、シンプルで強いデザイン。数々のデザイン賞を受賞した。

「世界で評価される基準」をどうやって見つけたのか

——池端さんはどうやってこの必勝パターンを見つけたのですか?

池端:とにかく、ありとあらゆるアートを鑑賞しました。それで気づいたんです。絵が上手い、センスが良いと感じるのは、単なる僕個人の価値観によるものだなと。メイクやファッションのトレンドのように、時代や国が違えば美の基準は変化しますから。

——それで、ただ美しいデザインや派手なデザインでは世界で通用しないと思ったんですね。

池端:はい。個人的なセンスをデザインに発揮しても、これ以上広がりがないと感じました。それで、まずは世界で評価される基準を知るために、毎日海外のアートのキュレーションサイトをチェックするようにしました。ひとつの作品につき3分間、じっくり鑑賞しています。

——え、一枚の絵をですか?

池端:そうです。そして、何を感じたのか、なぜそう感じたのか、ノートに書き出してみるんです。その絵の素晴らしい点や、なぜ評価されているのか理由を考えてみる。必ず発見があるので、思考のトレーニングにもなります。

——でも、クリエイティブ職ではない人にとっては、アートは遠い存在ですね……。

池端:いやいや、全ビジネスパーソンにとってアートはめちゃくちゃ大事ですよ。

——大事というのは「仕事に役立つ」という意味でしょうか?

池端アートを見て感じ、思考する過程はいかなる領域の仕事にも生かせると思います。アート鑑賞は、発言力や多様性を磨くこともできるので。

——絵を眺めるだけなのに……?

池端:いえ、一緒に絵を鑑賞した人と意見交換をしてはじめて磨かれます。人って、何かを議論しようとする時、「否定が入るかも」「この人の意見が正しいようだ」といったバイアスがかかることがありますよね?

——そうですね。人の意見が気になったり、引っ張られたりします。

池端:でも、アートに対して感じることは個人の感性によって違うので、間違いや正解はありません。相手の反応を気にせず、自由な意見を言っていいんです。だから、アート鑑賞は思考力を鍛えるいい訓練にもなるんですよ。

同時に、他人の意見を聞くことで多様性を高めたり、考え方の取っ掛かりを見つけたりすることもできるそう。

池端:特に今は、コロナの影響で先行き不透明な時代。これまでの常識や価値観が大きく揺らいでいて、顧客や市場の動向が読みづらい。

——たしかにそうですね。

池端:こういう時代こそ、まずは自分がどう思うか、自分の頭で考えることが求められているのではないでしょうか。

——アートに触れることで、そのトレーニングができるんですね。

池端:はい。アートには必ずビジネスで役立つヒントが眠っています。だまされたと思って、試しにアートに触れてみてください。

SNSを誕生させるきっかけに!? 新しい価値観を生み出す思考法とは

池端:ところで、誰もが知っているアート作品はなぜ評価されているかわかりますか? そこにはどんな価値があると思いますか?

——え? アートの価値ですか?

池端:ただ絵が上手い、きれいなだけでは世界に通用しないという話は先ほどしましたよね。ではなぜ、教科書に載っているような名画は億単位で取引されていると思いますか?

——えっと、今までにない画期的な技法を考えたとか?

池端:発想のニュアンスは近いですね。実は、新しい価値観を提示したからなんです。

——絵で価値観を提示? どうやって?

池端:たとえばゴッホの作品は、貴族と庶民の差が激しかった時代に、「ただの庶民が感じた、花が美しいという感情にも価値がある」という新しい価値観を絵で表現していたのです。

——芸術的な表現以外にも、新しい価値観まで表現していたのですね!

池端:つまり、立体的に描かれたひまわりの技法が評価されているのではなく、その絵が発揮した価値が普遍だから評価されているのです。

池端さんが考えるヒットの法則である「普遍」は、このアートの普遍的な価値に基づいているのだそう。

——なるほど。その新しい価値観を生み出す考え方が、ビジネスに役立つわけですね。

池端:はい、ビジネスにも応用可能です。実は僕たちの身の周りには、新しい価値観を生み出すこのアート的な考え方から生まれたものが数多く存在しています。たとえば、SNSもそうですね。

——そんな身近なところに!

池端:SNSが登場するまでは、リアルなコミュニケーションが当たり前でしたよね。しかしSNSは、物理的に離れていたり、顔を知らない仲でも会話ができたりするのも楽しいという新しい価値観を生み出しました

——たしかに、SNSで私たちの価値観はすごく変わった気がします。

池端:さらに、SNSは我々の生活にすっかり根付いていますよね。つまり、新しい価値を提供しただけではなく、その価値観が社会の当たり前の存在になったのです。

——アート的な発想って偉大……!

新しい価値観の発想に必要なのは「バイアスを外すこと」

——でも、具体的にどうすれば自分の中から新しい価値観を生み出せるのか、まだよくわからないのですが……。

池端:たとえばカーシェアのサービスは、車は“所有するもの”という固定観念から、“誰かと共有するもの”という新しい価値観を生み出しました。これまでになかった習慣を実現するには、常識や偏見のバイアスを外す必要があると思います。

——わかります。でも、常識やバイアスを外すのが難しいですよね。

池端:そこで、アート鑑賞が活きてくるんです。アートに触れて思考するのと同じように、何が正解なのか、間違っていないかなんてことは気にせず、自由な発想で新しい価値観を創造してみましょう。バイアスを外すってそういうことです。

——???

池端:たとえば、火星にはどうやって行くと思いますか?

——スペースシャトルに乗って行くしか手段はないと思うのですが……。

池端:そのバイアス、外しましょう。僕たちは火星に行くためには、体ごと自分を運ぶ必要があると思っているけれど、もし火星にサーバーをつくれたら意識だけなら誰でも行けるようになるかもしれないですよね。「体ごと火星に行く必要ってあったっけ?」と、バイアスを外すのです。

——うわ、その発想はなかった……。バイアスを外して、新しい価値観を模索するってそういうことなんですね。

意識だけなら「どこでもドア」で世界中を旅できる日がくるかもしれない。

——しかし、ねこねこ食パンのヒットの秘密を探りにきて、こんな壮大な話が待っていたなんて思いもしませんでした……!

池端:僕は想定通り、お話しただけです(笑) 。Withコロナ、アフターコロナで誰もが新しい価値観を模索する今、今回お話ししたアートに基づく思考法は、身につければ必ずどんな仕事にも生かせると思います。まずは、バイアスを外していつもと違う視点から考えてみてください。その先にきっと新しい価値観につながる発見があるはずです。

——ヒット商品を生み出す人の頭の中を覗けて大変勉強になりました! まずはアート鑑賞から始めてみたいと思います。

池端慶(いけはた・けい)

オールハーツ・カンパニーCCO。2009年に株式会社ポーラに入社。「B.A」「ホワイトショット」などのデザインを担当し、国内外のデザインアワードにて、「red dot award最高賞」他、数多くの受賞歴を持つ。ポーラ在籍中に「SAVAS」のプロテインシェーカーのデザインも手がける。

Twitter:@keiikehata

取材・文/文希紀 (@gigi_kikifumi )
撮影/小原聡太(@red_tw225