僕は袋小路ケン(本名は海藤恵一)。歌舞伎町のホストクラブ「ペガサス」で働く、チビで非イケメンのホストだ。

まったく指名の取れない悲惨な日々が続いても、なんとか踏ん張ってきたのはずっと片思いしてる子に男として認めてほしかったから。でも自分に自信が持てるようになってきた矢先、片思いの相手・相澤まさみちゃんは元彼とヨリを戻してしまった……。

お客さん以外の女性と話してみたくて合コンへ

「ユカちゃん、楽しんでる?」

僕は一番端っこに座っていた女の子に話しかけてみた。今日は、テレビ局のバイト仲間だったコウジに誘われて、5対5の合コンにきているのだ。

合コンなんて本当に久しぶりだ。大学に入りたての頃に何度か参加したものの、ろくに女の子と話せないまま地蔵化してしまい、そのうち誰にも誘われなくなったんだっけ。

でも、大学を卒業して、僕がホストになったと聞きつけたヤツらから、ちょこちょこ合コンのお誘いがかかるようになっていた。

ただ「ホストってどんなテクニックを使うんだ?」という目で見られるのがプレッシャーだったし、なかなか店を休めなかったこともあって、全部断ってきた。

じゃあ、なんで合コンに参加してるかって? それは、お店でお客さんに言われた「No.1になるために僕に足りないもの」が何なのか気になっていたこともあって、お客さん以外の女性と話してみたいと思ったからだ。何かヒントが見つかるかもしれない。

そっけない返事に心が折れないのもホストクラブで鍛えられたから

「んー今日は、友だちの付き添いできただけだから」。ユカちゃんの返事はそっけない。

今日の女性陣は、コウジの大学の後輩たちだ。コウジは放送作家の見習いをしていて、ほかの男性陣も制作会社のADやらYouTuberのマネージャーやら、業界関係者ばかりだった。大学3年生という女子たちはいずれもマスコミ業界志望らしく、コネクションづくりを目当てで参加したのだろう。

だけど、駆け出しの彼らに相談しても無意味だと早々に悟ったのか、場の雰囲気は寒々としたものだった。ただ一人、昔から盛り上げ上手で、バイト時代も上司から一目置かれる存在だったコウジだけは、やる気のない女子たちを相手に奮闘しているけど。

僕がユカちゃんに声をかけたのは、5人の女子たちのうちで一番つまらなそうにしていたからだ。長い髪を指に巻き付けているしぐさから、明らかに退屈しているのがわかった。目と目のあいだがちょっと離れ気味の可愛らしい顔立ちなのに、愛想のない仏頂面が災いしてか、男性陣の誰一人としてユカちゃんに話しかけようとしなかった。

その点、いつもお店で「話しかけても無視されるのが当たり前」なお客さんたちを相手にしている僕にとっては、ユカちゃんの塩対応くらい、なんてことはない。そっけなくても返事をしてもらえるだけありがたいのだから。

共通の話題が見つかれば会話は弾み始める

ユカちゃんに大学で何を勉強しているのか聞いてみると、臨床心理学の専攻だという。

「心理学を勉強してるなんてすごいね! 僕も接客で役立つから、心理学の本とかよく読むよ。もちろん、ユカちゃんみたいに専門的に学んでる人とは、比べ物にならないけど」

「あーでも、人の話を聞くっていう点では、臨床心理士もホストの人たちも同じですよ」

ユカちゃんは、僕がホストだと知っているらしい。コウジが合コンに誘った直接の後輩であるマナミちゃんとゼミが同じだというから、彼女から聞いたのかもしれない。

ユカちゃんとの間に、心理学という共通点が見つかったことから会話が弾み始めた

特にウケたのは、ミラーリングを意識しすぎてお客さんを怒らせてしまったときのエピソードだった。

<ミラーリングとは?>

  • 人は自分に似ている人や、自分に同調してくれる人に好意を抱くもの
  • 言葉やしぐさなど、相手の真似をする(同調する)ことで、相手に親近感を持ってもらうことができる 

カッコ悪い姿をさらけ出せば親しみを感じてもらえる

「そのお客さん、髪を触ったり、鼻の下をこすったり、いろんなクセがある人で」

「まさか…それもマネしたんですか?」

「その時は、なんでもかんでもマネするのがミラーリングだと思ってたからね」

「不自然すぎでしょ!」

「今はそれが不自然だってわかるんだけど…。ほら僕、非モテで、お母さん以外の女の人と話したことがほとんどなかったから」

「いや……それ、非モテとは関係ないと思いますよ」

「でも、必死だったんだよ。とにかくミラーリングができれば親しみをもってもらえて、距離が近づくと信じてたから」

「たしかに本にはそう書いてありますけど」

「そうなんだよ、やりすぎちゃダメって書いておいてくれれば、『あたしのことバカにしてるの!?』ってビンタされることもなかったのに」

本音を言えば、女の子の前でカッコつけたいけれど、それよりも失敗談を話して、カッコ悪い姿をさらけ出したほうが何倍も相手に親しみを持ってもらえる。これもホストの仕事で学んだことだ。

<自己開示のテクニック>

  • 自分の弱みを先にさらけ出すことで、相手の警戒心を解いて親近感を持ってもらうことができる
  • さらけ出す弱みは深刻すぎないもので、笑える失敗談のようなものがおすすめ 

つい打ち明けてしまった「告白もしないうちに失恋した話」

「でも、なんで海藤さんはホストクラブで働き始めたんですか? 正直、キャラじゃないですよね? 真面目で堅実な会社員っていうイメージですけど」

そうユカちゃんにツッコまれて、僕はまさみちゃんへの一方的な片思いと失恋について、つい話し始めてしまった。

男友だちには「高望みしすぎでしょ」と言われそうで話すことができず、気軽に相談できるような女友だちも当然のようにいなかった。お店のNo.1で僕の師匠だったナオヤさん以外に、まさみちゃんのことを打ち明けるのはこれが初めてだ。

まさみちゃんは今、キー局のアナウンサーとして活躍している。もう有名人だから迷惑がかからないよう「めちゃくちゃ美人のAさん」とぼやかしたけれど、あふれる思いがどんどん口をついて出てきてしまう。

「で、結局、Aさんは元カレとヨリを戻しておしまいってわけ」

「それはキツいですね……」

「もともとは、No.1ホストになってまさみちゃんが振り返るようなイイ男になってやろうって思ってたんだけど……。よく考えたら、なんで僕、まだホストやってるんだろう」

ユカちゃんが、ふぅと大きなため息をつく。僕のショボい恋愛話にあきれてしまったのだろうか。

「私、海藤さんがNo.1になれない理由、なんとなくわかりますよ」

「え!?」

たまにご褒美を与えるから相手は夢中になってしまう

「あのですね、海藤さんはイイ人なので、お客さんにも、そのAさんにも、いつもいつも同じように“安定の海藤”で接してると思うんです」

「……でもさ、毎回ちゃんと気を抜かずに、接するのって大切でしょ?」

「それも間違ってないと思いますけど、頑張る方向性が違うんです。いつでもイイ人じゃダメなんですよ。“間欠強化”ってご存じですか?」

「聞いたことないなぁ」

相手を夢中にさせることができるテクニックなんですよ。いつもご褒美をもらえる“連続強化”より、何回かに1回しかご褒美をもらえない“間欠強化”のほうが、またご褒美がほしい! というモチベーションが上がるんです」

「そうなの?」

「私、原宿のサロンで受付のバイトしてるんですけど、美容師さんたちを見ていて気がついたことがあるんです。指名が多いトップの人たちほど、これを上手に使ってるんですよ」

<間欠強化の心理効果>

  • 人は、いつもご褒美がもらえる状態(これを「連続強化」という)だと、意欲や欲求が高まりにくい
  • 何回かに1度しかご褒美がもらえない状態(これを「間欠強化」という)のほうが、夢中になりやすく、ハマりやすい

ホストや美容師がお客さんをリピートさせるテクニック

ユカちゃんによると、売れっ子の美容師たちは、新規のお客さんには「私のこと、好きなの?」と勘違いするくらい、物理的に近い距離感で親しげに接客をする。でも、2回目の来店時には、前回とは一転して物理的に少し距離をとって接客をするのだという。

「そうすることで、お客さんは『あれ? 何かあったのかな。またあの距離感で話したい』と思い、『次こそは!』と、どんどん美容師さんのペースにハマっていくんです。これってマウスの実験でも明らかになってるんですよ」

そのマウスの実験っていうのはスキナー箱と呼ばれる実験装置を用いた行動研究のことだと、ユカちゃんが教えてくれた。

アメリカの心理学者スキナーが、「レバーを押すと毎回エサが出てくる装置A」と「何回かに1度ランダムでエサが出てくる装置B」を使って実験を行ったところ、Aの装置のマウスはエサが出なくなるとすぐあきらめるのに対して、Bの装置のマウスはエサが出てこないにもかかわらず、何度もしつこく押し続けていたという。

あきらめなければ、必ずまたいいことがある! と思ってハマっちゃうんでしょうね。何回かに1回しかとれないUFOキャッチャーに、あり得ないくらい大金つぎ込んじゃうのと一緒です」

たしかにUFOキャッチャーに置き換えてみるとよくわかる。毎回ゲットできてたら、あんなに熱くなるわけがない。「あと少しで手に入りそうだったのに!」という気持ちが、財布の紐をゆるませるのだ。

これってホストやキャバクラ嬢も同じだ。考えてみたら、「ペガサス」のトップランカーたちも巧みにお客さんの欲求を煽っている。

もし簡単に手に入ってしまったら、お客さんは高いお金を払ってお店に来てはくれない。優しくされた後に、そっけなくされたり、そうかと思えば思わせぶりな態度を取られたりするから、お客さんは夢中になってくれるのだ。

最初はそっけなく、後からほめるのが効果的

「あと、今日の合コンでも海藤さんは終始イイ人ですけど、こういうときに狙った女の子がいたら、最初は無関心を装っておいて、後半になったら積極的な態度に変えるのが効果的ですよ」

「そうなの!?」

「ツンデレって知ってますよね? これもアメリカの心理学者、エィオット・アロンソンとダーウィン・リンダーによる実験で、効果が証明されているんです」

この実験では、被験者の若者に「終始好意的」「終始否定的」「前半は好意的、後半は否定的」「前半は否定的、後半は好意的」という4タイプの異性と接触させ、どの相手に好意を感じたかを調べた。

その結果、最も好意を感じたのは、「前半は否定的、後半は好意的」だったという。前半と後半のギャップが、より好感度を高めたのだ。

「でも、間欠強化もツンデレも、お店で使うのは難しいよね。初回のお客さんに冷たくしたら、指名してもらえないよ」

「それは、そうですね。でも、常連さんなら? トップの美容師さんたちも、お客さんの誘いには絶対乗らないんですよ。なかなか思い通りにならない、口説き落とせないからこそ、お客さんは『次こそは!』と思うんでしょうね」

「でも、ツンデレってイケメン限定のテクニックじゃない? 僕なんかがそんなことしたら、怒られそう……」

「もちろん、加減は重要だと思うんですけど、お店でも合コンでも、前半は普通の態度で接しておいて、後半になったらほめまくってプッシュする、というのはアリだと思います」

「本当に効果あるかな?」

イケメンじゃなくても、生理的に嫌だなって思われない清潔感があれば大丈夫ですよ。その点、海藤さんは合格です」

思わずユカちゃんの顔を見入ってしまった。ユカちゃんはきょとんとした顔でこちらを見ている。どうやら、ちょっとお世辞は入っているだろうが、まるっきり嘘でもないらしい。

「それに、Aさんにも告白してフラれたわけではないですよね? 再チャレンジもアリだと思いますよ」

女の子と挨拶するのですらやっとだった僕が、こんなふうに言ってもらえるなんて……。ホストを続けていてよかった。久々に、そう思えた夜だった。

<構成/伊藤彩子>

▶︎第25回は10月29日(木)の公開予定です。
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この記事を書いた人

斉藤恵一

斉藤恵一(さいとう・けいいち)

セルフマネジメントプロデューサー。日本心理学協会 認定心理士。大学時代に歌舞伎町のホストの世界に飛び込むも半年間売り上げゼロ。そこからセルフブランディングに取り組み、約6年間売上げNO.1となる。現在は美容業界、アパレル業界などでメンタリングやコミュニケーションスキルなどセルフマネジメントのプロデュース、人材育成に取り組む。

Twitter:@keiichisaito