MCとして「ポスト中居正広」と高く評価されている、関ジャニ∞村上信五さん。そんな彼の現在の成功は、最初から計画的にたどり着いたものではなかった!? ビジネスパーソンのキャリア形成にもつながる、彼の成功の理由を考察します。

たった一言で爆笑を生み出す。バラエティタレント・村上信五

「おはようございます!……あ、その前に。久しぶりやなあ!」

朝の情報番組のオープニングに、突如差し込まれたイレギュラーな一言。スタジオ中から大爆笑する声が、テレビ画面越しにも聞こえてくる。

これは、9月26日に放送された『サタデープラス』(TBS系)での一コマ。

普段は小島瑠璃子と関ジャニ∞の丸山隆平がMCを務める生放送番組だが、新型コロナウイルス感染が判明した大倉忠義の濃厚接触者として丸山が番組を休むことに。そのため急遽、同グループの村上信五が代打出演し、飛び出したのが冒頭のこじるりに対する「久しぶりやなあ!」発言だ。

説明するのも野暮だが、村上とこじるりには週刊誌に交際・破局を報じられた過去があり、いわば気まずい関係。だが、ここで重要なのは、2人が本当に付き合っていたかどうかの真偽ではない。

丸山欠席の代打という偶然のチャンスをものにする引きの強さ

まさかの2人が共演するというサプライズを引き受けるサービス精神

世間からの下世話な視線を自分からいじって笑いに変える勘の良さ

ぎくしゃくした空気を番組の冒頭で和ませようという気配り

それを生放送という編集の利かない場所でぶっ込むしたたかさ

スタッフの大爆笑から伝わってくる現場での愛され力

「久しぶりやなあ!」のたった一言で、村上信五のバラエティタレントとしての手腕とセンスをこれでもかと見せつけられた瞬間であった。

順風満帆な“ROAD TO 中居正広”。実は計算外だった⁉ 

ここ数年、バラエティ番組のMCとしてメキメキ頭角を現し、“ポスト中居正広”と言われて久しい村上信五。あのビートたけしに「下手すりゃ紅白の司会者になるんじゃないかな」と評され、今では本人も「目標は紅白の司会」と公言している。

『FNS 27時間テレビ』(フジテレビ系)では、そのビートたけしのサポート役に3年連続で抜擢。今年はいよいよ(コロナ禍さえなければ)フジテレビ系で『東京2020オリンピック』のメインキャスターを務める予定だった

まさに順風満帆。

“ROAD TO 中居正広”のステップを着実に突き進んでいる村上だが、実は最初からそのポジションを目指していたわけではない

8月10日放送の『月曜から夜ふかし』(日本テレビ系)で、名コンビとして長年MCを務めるマツコ・デラックスが、「今、あんた(村上)を目指そうとしてるジャニーズがポツポツ出はじめちゃってる」として、「最初から計算通りにこれになろうと思ったらだめよ?」と発言する一幕があった。

これに対して、村上も「王道であがいてあがいて、どうしてもあかんかったらこっちへこい」と後輩にアドバイス。

ジャニーズたる者、まずは王道のアイドルを全力で目指すべきであり、現在の自分の立ち位置は、あくまで“結果的に”たどり着いた境地であることを示唆したのだ。 

「認められたい病」だった20代と、ふっきれた30代

9月23日放送の『村上マヨネーズのツッコませて頂きます!』(フジテレビ系)では、「意外と踊れるんですね」「思ったよりジャニーズですね」といった言葉に、かつてはいちいちモヤッとしていたことを明かした。王道のアイドルとして評価されないことに、内心では不満を抱えた時期もあったのだろう。

また、9月10日放送のラジオ番組『TOKYO SPEAKEASY』(TOKYO FM)では、ヒャダインとのトークで次のようにも語っている。

「デビュー間もない頃、20代半ばの頃なんて特に(本来の自分を理解してくれという気持ちが強かった)ですよ」

俺のほうがもっと売れたい、俺のほうが出ていきたい、みたいなのがあったり。なんなら身近なところで言うと、スタッフにもお客さんにも認められたいって。“認められたい病”ですやん」(かっこ内は筆者補足)

だが、ある時期を境に、認められたい、理解されたいという“我”がなくなっていったそうだ。

「あるときに、(我が)ふっとなくなる瞬間というのがあって。僕は30前後のときでしたね。(今まで周りに)研磨してもらってたよなって。そこからは、自分の話なんかホンマにどうでもよくなっていった」(かっこ内は筆者補足)

この心境の変化を機に、村上は自分が一歩下がって場を回していくMCとしての能力を徐々に開花させていったのではないだろうか。 

ターニングポイントは「求められる役割を受け入れたとき」

世間一般のイメージでは、村上は関西ノリでグイグイ前に出ていくうるさいタイプと思われがちだ。だが、よくよく見ていると、大物芸能人にも臆さずツッコミを入れる“隣のあんちゃん”的感覚や、自らもいじられることを厭わない三枚目キャラといった、彼が持つバラエティ・スキルは、すべて自己主張のためではなく、他人を引き立て、場を盛り上げるために使われていることに気がつく。

前出のラジオでヒャダインは、村上のMCぶりを高く評価し、「僕たちって配膳係じゃないですか。シェフじゃない」と自分たちのスタンスをたとえた。村上はそれに大いに同意した上で、「僕、ずっとどこかで自信がないんですよ。僕の話なんてどうせっていうところもどこかにある」と語っている。

母親がめちゃくちゃおしゃべりで、自然と聞き役に回っていたという家庭環境に加え、群雄割拠のジャニーズで自分より圧倒的に華も実力もあるスターをこれでもかと見せられてきた経験もあるのだろう。彼は、自分が面白くなることよりも、周りの人や状況を面白がり、自分が輝くのではなく、周りを輝かせる道を選んだ

シェフになりたかったのに配膳係に回されてしまったとき。

あるいは、自分にはどうやら配膳係のほうが向いていると気づいたとき。

諦めたり腐ったりするのではなく、与えられた配膳係の役割を受け入れた村上。

その結果、一流シェフの作った料理を絶好のタイミングで供し、行き届いたサービスでもてなして客を楽しませる、“名ギャルソン”への道が開けたのだ。

名コンビ、村上&マツコ。意外と似た者同士?

こうした村上の仕事観は、奇しくもマツコ・デラックスのそれと似ている。

7月27日放送の『5時に夢中!』(TOKYO MX)においてマツコは、「自分が望んでいることと、他者が望んでいることは違う」として、次のように語っているのだ。

「私も、テレビに出てしゃべるようになるとは自分でも思っていなかったけれど、いろんな他者がつないで今があるわけじゃない。だから、自分の評価って案外いい加減で、他者がしてくれる評価が正しいことがあるのね。だから委ねるってすごく大事だと思う。自分の意志みたいなものをあまり信じすぎないというか」

テレビに出始めた当初は、異形の存在として消費されている自分のブレイクを半ば冷めた目で見ていたマツコ。だが、いつしか自分の意志や自己評価(それは時に思い込みやこだわりであることも多い)を手放し、テレビから求められる役割を宿命として受け入れたマツコの、現在の活躍ぶりは言わずもがなだ。

村上信五はタモリイズムの継承者? タモリの言葉と村上の今後

さらに言ってしまえば、村上の思想はあのタモリにも通じるものがあると言ったら、さすがに持ち上げすぎだろうか。

1月25日発売の「GOETHE(ゲーテ)」(幻冬舎)での滝川クリステルとの対談によれば、タモリは小学5年生のときに、クラスの余興で披露したオリジナルコントがあまりにウケなかったことがトラウマとなり、「自発的に行動を起こすと必ず失敗する」と肝に銘じるようになったという。

その後の彼は、確かに自発性や主体性とはほど遠い。

ジャズピアニストの山下洋輔らに請われるまま福岡から上京し、赤塚不二夫の頼みで彼の家に居候し始め、「どうせ他人の庭だから」と『笑っていいとも!』の司会を引き受ける。だがその結果、通算8054回、31年半ものあいだ日本のお昼の顔であり続けた。

「向上心は持たない」「予定調和が嫌い」と各所で語るタモリの生き方は、自分に降りかかる状況に身を委ね、それを肯定するものだ。まさに「これでいいのだ」の精神

それは、王道アイドルになれない自分を受け入れ、望むことよりも求められること(バラエティのトークやMC)に活路を見出した村上の姿に重なる部分がないだろうか。

「自分の中で『これくらいの力が付いたらこの仕事がしたい』と思っていても、その仕事は来ない。必ず実力が備わるより前の段階で来る。そこで怯んだらその力には届かない」

都市伝説的に語られるタモリの名言だが、この教えに従うのであれば、村上が「紅白の司会がやりたい」と臆面なく公言し続けるのは、まったくもって正しい。

“ポスト中居正広”どころか、“タモリイズムの継承者”とも言える村上の夢は、そう遠くない将来、ひょっとしてひょっとするのかもしれない。

私たちが村上信五に学ぶことは、あまりにも多い

この記事を書いた人

福田フクスケ

福田フクスケ(ふくだ・ふくすけ)

編集者&ライター。編集者として『週刊SPA!』、またライターとして田中俊之・山田ルイ53世『中年男ルネッサンス』(イースト新書)、プチ鹿島『芸人式新聞の読み方』(幻冬舎)、松尾スズキ『現代、野蛮人入門』(角川SSC新書)などの構成に参加。雑誌『GINZA』などに連載コラムも持つ。Twitterやnoteにて、恋愛・セックス・ジェンダー論の発信もしている。

Twitter:@f_fukusuke
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