僕は袋小路ケン。歌舞伎町のホストクラブ「ペガサス」で働くホストだ。まったく指名が取れないダメホストだった僕だけど、先輩たちにアドバイスをもらい、心理学を接客に応用するようになったら、少しずつ指名が取れるようになってきた……。

ホストは売上げという「結果」がすべての世界

今月も締め日が近づいてきた。締め日とは、文字通り、その月の売上げを締める日のこと。僕が働く「ペガサス」では、毎月の最終営業日を締め日としている。

この日には、1カ月の総売上げが出てナンバー入りできるかどうかが決まるので、ホストにとっては特別に重要な日だ。僕も締め日に向けて、自分のお客さまに電話とLINEをしまくり、お店に来てくれるよう懇願した。

ホストは売上げという結果がすべての世界。チビで非モテの僕は、自分に自信を持ちたくてホストになったのに、指名がまったく取れず、もともとなかった自信がさらに削られてボロボロだった。結果を出せば自信が持てると思っていたのに……。でも、今月はトップ3に食い込めるかもしれない。だから何としても売上げがほしい。

気合いを入れてフロアに出ると、店はいつも以上ににぎわっているのに、ひとつだけ盛り上がっていないテーブルが目についた。

その席にいるのは、成金風の男性とキャバ嬢風の女性のカップル客。成金風の男性はソファにふんぞりかえって酒を飲んでいる。後輩ホストのタケルに聞くと、その男性客は、一緒にいる女性にいいところを見せたいのか、ホストを上から目線で怒鳴りつけ、強い酒を一気飲みさせているらしい。やっかいなタイプだ。

こういう席に積極的につきたがるホストはいない。正直、あの席にはつきたくないな……と思った瞬間、僕の頭にふとある考えがひらめいた。

成金男が、連れの女性にいいところを見せたいと思っているのは間違いなさそうだ。ここで成金男をいい気分にさせることができれば、指名を取ってドカンと売上げをあげられるかもしれない。

誰もが嫌がるやっかいなお客さまこそ、気に入ってもらえたらすごくいいお客さんになる……はずだ。そして、幸か不幸か、僕のお客さんはまだ誰も来ていない。

「あのテーブル、盛り上がってないみたいだから、僕行きましょうか?」

フロアにいた神崎代表に聞くと、「大丈夫か? あとで俺が様子を見に行こうかと思ってたんだけど」と心配そうに僕の顔をのぞきこんでくる。

「大丈夫ですよ! 売上げ欲しいんで行きます!」

「何か秘策でもあるのか?」

「……」

そんなこと一切考えていなかった。とりあえず当たってくだけろの精神だ。そう神崎代表に伝えると、「すごいなお前」と感心されてしまった。

以前の僕だったら自分から手をあげるなんてことは絶対になかっただろう。自分が成長しているような気がして、少し嬉しくなった。でも、

「さすが、パンツ1枚で歌舞伎町を歩いた男だな。でも、丸腰じゃああいう相手には太刀打ちできないぞ」

という代表の言葉に我に返った僕は、「どうすればいいんだ……」と心の中でつぶやきながら、「ペガサス」のNo.1だったナオヤさんの教えを思い出していた。

「負けるが勝ち」で相手の心を開かせる

「ケンは、『アンダースタンドの法則』って知ってる?」

歌舞伎町の焼肉店で、焼きあがったばかりの特上カルビをほおばる僕にナオヤさんが聞いた。

「いえ……初めて聞きました」

俺が作ったから、初耳で当然なんだけど

と笑いながらナオヤさんが言うには、アンダー=下、スタンド=立つ、つまり「下に立つ」という意味らしい。

「要は、下に立ったほうが、相手をコントロールできるってこと。相手をいい気持ちにさせて、こっちのお願いを聞いてもらえばいいんだよ。負けるが勝ちっていうだろ?」

その日は、ナオヤさんのヘルプについたのだが、ナオヤさんの指名客が連れてきたお客さんが、なぜか僕にしつこく絡んできたのだ。当時、大学生だった僕の大学名を聞いて「何その三流大学」と笑ったり、出身を聞いて地元をバカにするようなことを言ったり……。

あまりにしつこいので、最初は笑顔で応じていた僕も、ついイライラを顔に出してしまった。ナオヤさんはその話をしているのだろう。

「でも、下手に出てばかりだと、あのタイプはかえって調子づかせてしまうんじゃ……」

「相手をいい気持ちにさせると言っても、ゴマをすれってことじゃないよ。相手をリスペクトして、心から立ててあげればいいんだよ。それができれば、あの子はきっと心を開いてくれたはずだよ」

「はぁ……」

素直に負けを認められるのは、自己肯定感が高い人

「上手に負けてあげられないのは、負けると自分の価値が下がってしまうって思ってるからなんじゃないかな?」

イマイチ納得できずにいる僕に、ナオヤさんはこう続けた。

「もし、ケンが小さな子どもと相撲を取ることになったら、わざと負けてあげるだろ? 子どもは喜ぶし、わざと負けたってケンが弱いなんて誰も思わないよね」

でも、相手が同じくらいの体格の大人となると話は違ってくる。負けたくないと真剣になってしまうだろう。それは、負けると自分は弱いということになってしまう、つまり自分の価値が下がったように感じて、悔しいと思ってしまうからだ。

その背景には「自己肯定感の低さ」がある、とナオヤさんは教えてくれた。自己肯定感が低いと、負けたことによってさらに自分の価値が下がると感じてしまうため、負けたくないと考えてしまうのだという。

「人は、“他人から認められたい”っていう承認欲求を持ってる生き物だよね。自信を持って行動するには、承認は欠かせないものなんだけど、承認には3つの種類があるんだ」

こう言いながら、ナオヤさんは紙エプロンの裏にこんな三角形を描き出した。

結果だけを求められ続けると自己肯定感は低くなる

ナオヤさんの説明によると、ピラミッドのいちばん上は「結果承認」。売上げを達成した場合など、その人の成果を認めるものだ。

多くの人は、子どもの頃には学校のテストや受験で、大人になってからは仕事の成績で結果を求められてきたはずだ。だけど、結果だけを求められてきた人は、自己肯定感の低い人になってしまうという。

結果を認めてもらえたら、もちろん嬉しい。でも、ブラック企業のエピソードとかで「結果を出せないヤツはいらない」なんて言葉が出てくるように、結果だけを求められていると、結果が出なかった場合に、その下にある行動や存在までが一緒に否定されてしまうのだ。

それなのに、ほとんどの人は結果を出せば自信がつくと信じているし、「負けると自分の価値が下がってしまう」と考えがちな自己肯定感の低い人のほうが結果にこだわる傾向がある。

ナオヤさんが穏やかな表情で言う。

「本当は、結果が出なくなって、その下にある行動や存在まで否定される必要なんてないんだ。でも、結果だけを求められてきた人は、結果が否定されると、すべてを否定されたように感じてしまうんだよ」

まるで自分のことを言われているように感じて、僕は思わず聞いてしまった。

「一体どうしたらいいんですか? どうしたら自己肯定感って持てるんですか?」

たとえ負けても自分の価値が下がるわけじゃない

「ケンの目的って何だっけ?」

「ホストとして一人前になることです」

「そうだよね、お客さんに勝つことが目的じゃないよね。たとえば、優秀なキャバ嬢って、お客さんがうれしそうに話してたら、自分の知ってることでも、『知らなかった~すごい!』って言ってくれるでしょ?」

「はい。そうですよね」

「あれも別にゴマすりしてるわけじゃなくて、お客さんを喜ばせたい、関係を円滑にしたいっていうための行動だよね。で、お客さんは気分がよくなるから、金払いもよくなるし、また指名したいって思ってくれるわけ」

そうか。目的を達成するためには、あえて相手に負けることも必要ということか。わかっていたつもりでも、負けたくないという気持ちが出てしまっていたのだ。

「そこで負けたって、ケンの価値はひとつも下がらないだろ? ケンという存在の価値は何もかわらない。そう思える人が自己肯定感の高い人だし、自己肯定感が高い人になれば、気持ちよく人に負けてあげることができるようになるよ」

ピラミッドの土台に当たるのが「存在承認」。存在を承認するということは、「いてくれるだけでいい」という状態だ。結果がどうであろうと揺らぐことがない。自分の存在を承認してもらった人は、自己肯定感が高くなると、ナオヤさんは教えてくれた。

「結果がどうだろうと、他人から認められても、認められなくても、自分の価値は変わらない。自分自身で自分をそういう存在だと認めてあげることが大事だよ」

どんな相手とも信頼関係を築く方法とは?

不安はあったが、やるしかない。僕は精いっぱいの愛嬌を振りまきながら「今日はご来店ありがとうございます!!」と、成金男のテーブルに歩み寄った。

「ビール、お好きなんですか? おつぎします! こちらの姫は、モデルさんですか? このワンピース、一般人じゃ着こなせないデザインですよね」

「……お前、何なんだ? いきなり調子のいいやつだな」

成金男が僕の顔を睨みつける。

「すみません! 自分はブサメンなんで、黙ってると金返せって言われちゃうんですよ」

威圧的な成金男の態度に、謝りながらも、どうにか場を持たせていく。ここで相手に対抗してスゴんでしまうのは当然ダメだが、怖がったり不機嫌になったりして黙り込んでしまうのもよくない。

ナオヤさんはこうも言っていた。

「アンダースタンド(understand)は英語で「理解」という意味だよね。どんな相手でも、相手を理解して、共感したり、リスペクトしたりできれば、信頼関係を構築できるはずなんだ」

頑張ったご褒美は150万円のボトルだった

僕は、成金男が何を考えているのか、なぜホストに対して高圧的な態度を取るのか、本当は何を求めているのか、なんとか理解しようと、必死で食らいつき、会話をつないでいった。何を言われても笑顔で応じて、リスペクトできるところを見つけようと、必死で相手の言葉に耳を傾けた。

テーブルについて30〜40分ほど過ぎただろうか、黒服から「ケンさんご指名です」と声がかかる。営業の効果があったのか、お客さんが来てくれたようだ。

「すみません!! すぐ戻ってきますので」

下げた頭が地面につきそうなくらい深いお辞儀をして顔を上げると、女性のほうが成金男の耳元に顔を寄せ、何かささやいている。成金男が僕のほうを向いて言った。

「おい、お前、指名してやるよ。No.1になるには、あといくらなんだ?」

思ってもみなかった言葉が、成金男の口から飛び出した。

「いや……No.1には程遠いんですけど。先月はあと100万ってところでNo.3入りを逃しちゃいました」

「そうか。じゃあ、トラディションいれてやるよ」

トラディションは150万円もするブランデーだ。ルイ13世、リシャールと並ぶブランデー御三家のひとつ。もちろん、お客さまにこんな高額ボトルをいれてもらうのは、これが初めてだ。

「トラディションいただきました!」

黒服の声が響きわたり、店内がざわめく。初めての高額ボトルがこんな形で実現するなんて……。僕は少しの間、ぼう然と立ち尽くしていた。

<構成/伊藤彩子>

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この記事を書いた人

斉藤恵一

斉藤恵一(さいとう・けいいち)

セルフマネジメントプロデューサー。日本心理学協会 認定心理士。大学時代に歌舞伎町のホストの世界に飛び込むも半年間売り上げゼロ。そこからセルフブランディングに取り組み、約6年間売上げNO.1となる。現在は美容業界、アパレル業界などでメンタリングやコミュニケーションスキルなどセルフマネジメントのプロデュース、人材育成に取り組む。

Twitter:@keiichisaito