断ると解雇の可能性も? 転勤は拒否できるのか【判例あり】
会社から突然、遠方への転勤を命じられたとき、拒否できるのでしょうか。転勤を拒否したくても、降格や解雇のリスクが怖いという人も多いのでは?
この記事では、転勤が拒否できるケースや拒否のリスク、拒否できない場合の対処法などについて、過去の判例もあわせて解説します。
転勤は拒否できる?
転勤を拒否することは可能なのでしょうか。
ここでは、転勤拒否したい方に向けて転勤拒否の可能性と、拒否できるケースについて詳しく説明します。
転勤は基本的に拒否できない
原則として従業員は転勤を拒否できません。就業規則に「会社は転勤を命じることができる」という旨の規定が書かれている会社が多いためです。
もし転勤命令に従わず、頑なに拒否し続けた場合は降格・解雇処分を受けることもあります。
たとえ「購入したばかりのマンションのローンが残っている」「子どもを転校させたくない」といった理由でも、転勤を断れないケースが多いです。
就業規則の例
(人事異動)
第8条 会社は、業務上必要がある場合に、労働者に対して就業する場所及び従事する業務の変更を命ずることがある。2 会社は、業務上必要がある場合に、労働者を在籍のまま関係会社へ出向させることがある。
3 前2項の場合、労働者は正当な理由なくこれを拒むことはできない。
※参考→厚生労働省労働基準局監督課「モデル就業規則」より抜粋
また「うつ病だから」という理由で断ることも難しいでしょう。
ただし、降格・解雇のリスクはありますが、病気の程度や原因次第では一定の猶予期間をもらえたり、何らかの形で配慮してもらえたりする可能性もあります。
医師の診断書を持って人事担当者に相談すると良いでしょう。
転勤を理由に退職しても「自己都合」扱い
転勤を命じられたことを理由に退職する場合、就業規則に人事異動に関する規定があれば「自己都合退職扱い」とされることがほとんどです。
自己都合退職より会社都合退職の方が失業保険を早く受け取り始められますが、残念ながら会社都合扱いにはなりません。
ただし、就業規則で定めがないにもかかわらず突然異動を命じられた場合など、企業側に大きな過失がある場合は「会社都合退職」として扱われる可能性があります。
自身で判断できない場合は弁護士か労働基準監督署に相談すると良いでしょう。
内示までの段階なら拒否の余地あり
正式な辞令を拒否することは難しいですが、内示までの段階では交渉の余地があります。
会社は辞令を出す前に、内示や内内示、打診といった形であらかじめ社員の希望を聞くのが一般的です。交渉によって必ずしも希望が通るかは会社次第ですが、転勤によって生活面や給料面でよほど大きな不利益が生じる場合、転勤を拒否できる可能性があります。
また、完全に転勤を断ることはできなくても、通勤時間がより短い勤務地に変更したり、育児期間中だけ異動候補者から外したりと交渉次第で条件を緩和できるかもしれません(減給や降格のリスクは伴いますが)。
内示までの段階であればやんわり希望を伝える形で上司に相談してみると良いでしょう。
コラム:辞令、内示、内内示、打診とは
- 辞令
…会社から出される人事異動や昇進の命令のこと。社内に広く知らせる場合と本人のみに知らせる場合がある。 - 内示
…辞令を出す前の通知のこと。口頭やメールで伝えられる場合が多い。 - 内内示
…内示よりもさらに前に本人に伝えること。 - 打診
…本人の意向をさりげなく伺うこと。海外転勤など本人の負担が大きい場合によく行われる。
転勤を命じる前の通知は以上のような段階を経て行われます。
企業によってばらつきがありますが、内示が伝えられるタイミングは大体1ヶ月前。早めに伝えて引き継ぎ準備をさせる意味もあるといわれています。
転勤拒否が通りやすい3つのケース
転勤により生じる本人の負担が大きすぎる場合や、雇用契約と違う場合、理不尽な理由から転勤を求められた場合などは、転勤拒否の希望が通りやすくなります。
ケース1:やむを得ない事情がある場合
「要介護の親がいる」「転院が難しい重病の子どもの面倒を見なければならない」など、やむを得ない事情がある場合は転勤によって社員が負う不利益が大きすぎると判断され、転勤を拒否できます。
会社によって制度が違うため認められるかどうかはケースバイケースですが、単に「親が病気がち」「子供がまだ幼い」といった理由では認められないことも多いです。
ケース2:勤務地や職種が雇用契約と異なる場合
勤務エリアや職種を限定して雇用契約を結んだ方が、定めた以外の勤務地や職種への異動を求められた場合は「雇用契約違反」として拒否することができます。
ケース3:嫌がらせや差別行為がある場合
気に入らない社員をわざと遠方へ異動させたり、差別的な理由から異動を命じられたりした場合は、理由が不当であるとして転勤を拒否できます。
転勤が拒否できない場合、どうすべきか
転勤覚悟で入社していたとしても、家族の事情や自身の都合から転勤は難しく、会社との間で板挟み状態になっている方もいるかもしれません。
転勤が拒否できない場合、どのように対処すれば良いのでしょうか。
転勤を受け入れる
転勤命令を受け入れて、新たな場所で働く覚悟を決めるのが第一の選択肢。
初めは慣れない土地で暮らすことや家族と離れることのストレスが大きく、転勤に伴う条件に納得がいかないこともあるかもしれません。
しかし、長い目で見れば自身の人生やキャリアにとってプラスに働く可能性も。昇給して今より経済状況にゆとりが生まれるかもしれません。
自分のキャリアをしっかりと見据えた上で、受け入れることも視野に入れてみましょう。
降格・解雇を覚悟で転勤を拒否する
降格や解雇を覚悟で断ることももちろんできます。
お金、家族、恋人、友人、趣味……優先順位は人によって異なります。入社当初は転勤をいとわず働く予定だった方も、結婚して子どもができるとそれらの優先順位が変わる場合もあります。
「今まで築いたキャリアを犠牲にしてでも」と思う場合は、降格・解雇を覚悟した上で転勤を断れないか相談してみましょう。
転勤を拒否して転職する
給料ダウンの可能性はありますが、いっそのこと転勤のない会社に転職するという方法もあります。
転勤が原因で家族との問題が生じていたり、引っ越す度にストレスを感じていたりする場合は、転勤のない働き方を選ぶことで今より気持ちを楽にして暮らせるかもしれません。ただし、転職する前に家族とよく相談しましょう。
転勤のメリットと会社が転勤命令を出す理由
多くの場合、会社は単なる嫌がらせのために転勤命令を出しているわけではありません。では、なぜ会社は転勤命令を出すのでしょうか。
転勤を受け入れたときのメリットと、会社が転勤命令を出す理由をお伝えします。
転勤は悪い面ばかりじゃない。転勤の3つのメリット
転勤は必ずしも悪いことばかりとは限りません。ここでは、転勤のメリットを3つご紹介します。
(1)昇進・年収アップの可能性がある
左遷ではなく、栄転で転勤を命じられた場合は昇進・昇給する可能性があります。
単に「適材適所への配置」を行った可能性も考えられますが、わざわざ会社にコストがかかる遠方への異動を命じられたり、より重大なポストへの昇格を命じられたりした場合は、将来会社の主翼を担う可能性のある人物として期待されていると思っても良いのではないのでしょうか。
(2)業務の幅を広げ、スキルアップできる
できる業務の幅が広がり、自身のスキルアップにつながるメリットがあります。
例えば、勤務地が異なれば業務内容や地域事情、一緒に働くメンバーなどさまざまな要素が異なるでしょう。従来のスキルでは対応できず、転勤によって苦労することもあるかもしれませんが、乗り越えられれば仕事を円滑に進める術を身に付けたり、多方面でのスキルを獲得したりして自身を成長させるきっかけになります。
(3)新しい場所で新たな出会いが生まれる
仕事以外のことでいえば、転勤をきっかけに思わぬ良い出会いが生まれたり、新しくお気に入りの場所ができたりする可能性もあります。
転勤で居住地を転々とすると引っ越しの手間がかかって苦労したり、新しい人間関係を一から築かなければいけないため、ストレスが溜まったりすることもあるでしょう。
しかし、例えば内陸出身の人が海沿いの地域に移り住むことで新鮮な海の幸を日常的に味わうことができたり、思いがけず移動先で新しい趣味ができてプライベートがさらに充実したりと人生がより豊かになることもあるかもしれません。
会社が転勤命令を出す3つの目的
「家族や恋人と離れなければならない」「育児や家事に負担が生じる」というデメリットが社員に生じることをわかっていながら、会社はなぜ転勤を命じるのでしょうか。
会社が転勤命令を出す目的は主に3つあります。それぞれの内容は、以下の通りです。
(1)社員の成長のため
「仕事の幅を広げてほしい」「広い視野を身に付けてほしい」などの理由で新しい勤務地への異動が命じられます。
上司や経営者からは将来的に会社の中核を担う存在になることを期待されており、部長や所長などに昇格することもあるでしょう。
昇格すれば今まで以上に大きな責任が伴ったり、仕事量が増えたりする可能性もあります。
しかし、給料やボーナスが上がる、ステータスが高くなる、肩書がつくといった良い効果もあります。
(2)会社の事業方針のため
全体のバランスを考慮して、最適な人員配置になるよう異動を命じます。
例えば、会社の事業拡大や新規事業の立ち上げに伴って、新店舗や海外支店、子会社などにリーダー役として異動させることがあります。反対に、自身の能力を最大限に発揮できていない社員がいる場合は、ほかの部門や部署に異動させて組織全体のパフォーマンスが向上するように調整することもあります。
また、退職者や休職者が生じた際に会社全体の利益を考慮して異動を命じるケースもあります。
(3)癒着やマンネリ防止のため
長年同じ業務内容を続けていると成長がストップしたり、人間関係が固定化されて権力が肥大化したりしてしまう可能性があります。
異動にはスキルアップや適材適所への配置という目的もありますが、これらのリスクを防ぐためにも会社は定期的に人員の入れ替えを行います。
銀行員や公務員は特に転勤が多い職種といわれますが、これは特定のお客さんやクライアントとつながりが強くなることで横領や着服が行われないようにするためだといわれています。
転勤拒否にまつわるQ&A
ここでは、「海外転勤は拒否できるか」「公務員やパート社員の転勤事情はどうなのか」といった転職拒否にまつわる疑問に対して回答していきます。
海外転勤は拒否できる?
国内への転勤と同様、よほどの事情がない限り海外転勤を拒否することは難しく、断った場合は減給や解雇の可能性があります。
海外転勤と聞いて、文化が異なる場所で生活することに不安を覚える方は少なくないでしょう。政情不安定な国への異動を命じられればなおさらです。
ただし、海外転勤はキャリアアップや昇給など得られるメリットも大きいと考えられます。
海外転勤の際にはビザ申請や家族の準備が必要なため、いきなり海外転勤を命じられることはありません。そのため、上司から海外転勤の打診を受けた時点で不安点や疑問点を相談して、転勤を拒否するかどうか決めると良いでしょう。
公務員は内示を拒否できる?
公務員も民間企業と同様、介護や病気などやむを得ない事情があれば、内示を拒否できます。
公務員の場合、国家公務員法の第98条第1項、地方公務員法の第32条に職務命令に従う義務が定められています。そのため、正当な理由なしに転勤を断ると昇進しにくくなったり解雇されたりする可能性があります。
ちなみに、国家公務員は広く業務を覚えるために頻繁に地方転勤を繰り返しますが、地方公務員はあったとしても同じ都道府県内の異動となる場合が多いようです。
パート社員は転勤命令に従わなければならない?
パート社員でも正社員でも、就業規則に規定がある場合は基本的に転勤命令に従わなければなりません。
頑なに拒否し続けると就業規則違反となり解雇される可能性もあります。
しかし、例えば「通勤時間が尋常ではないほど長くなり、生活に困難が生じる」といった場合は拒否の余地があるため、上司に相談してみると良いでしょう。
コラム:全国転勤の女性は結婚できない!?
「転勤がある女性は結婚できない」ということは全くありません。
しかし、実際は転勤があることで「結婚しづらい」と感じている女性は少なくないようです。2017年の労働政策研究・研修機構の調査によると、転勤があることで「結婚しづらい」と感じている女性は29.3%、「育児がしづらい」と感じている女性は53.2%いました。
「別居婚」という選択肢もありますが、夫と共に暮らしたいと考えている場合は現実的でないかもしれません。
転勤があるために「結婚しづらい」と悩んでいる場合は、減給を覚悟で上司に相談してみてはいかがでしょうか。企業によっては育児期だけ転勤の候補者から外したり、勤務地限定社員に変えたりという配慮をしてくれるところもあるようです。
過去の判例からみる転勤のトラブル
ここでは、過去の判例のうち代表的なものを3つご紹介します。
先に紹介する2例は「労働者敗訴」の例、最後の1例は「労働者勝訴」となった例です。
※判例の詳細→転勤に関する裁判例|厚生労働省
例1:【労働者敗訴】「東亜ペイント事件」(昭和61年)
大阪で暮らす営業社員Xが名古屋への転勤を命じられ、家族の事情を理由に転勤を拒否。
会社はXを懲戒解雇しましたが、Xはこれを職権乱用であるとして転勤命令と懲戒解雇の無効化を裁判所に提訴した事件です。Xには71歳の母(自活可能)と28歳の妻(仕事あり)、2歳の子がいました。
最終判決はXの敗訴となりました。
<ポイント>
- Xと会社の間で採用時に勤務地域を限定する合意がなかった
- 就業規則には転勤を命じることができる旨の規定があった
- 実際に会社では頻繁に転勤が行われていた
- 転勤の目的はA主任の後任者を名古屋に異動させることであり、業務上の必要性があった
- Xの家族状況からすると、転勤によってXが被る不利益は「通常甘受すべき程度」と判断される→転勤命令は職権乱用ではない
「通常甘受すべき程度」という言葉の示す範囲があいまいですが、「小さな子どもがいる」「自活可能な高齢の母と暮らしている」程度では転勤拒否は認められないということをこの判決は示しています。
ただし、近年では少子高齢化の影響で介護・育児に対する考え方が変化し、個々の事情がより慎重に判断されるようになってきました。平成13年の育児・介護休業法改正では、第26条に子供の養育・家族の介護状況への配慮義務が規定されています。
※参考:
→判例検索「東亜ペイント事件」|公益社団法人全国労働基準関係団体連合会
→【判例】東亜ペイント事件(転勤命令)|社会保険労務士事務所フォレスト
→【異動】配転の意義、勤務場所の変更|独立行政法人 労働政策研究・研修機構
例2:【労働者敗訴】「ケンウッド事件」(平成12年)
東京都目黒区で庶務として働く女性従業員Xが、八王子事務所への転勤を命じられました。
幼い息子を保育園に通わせながら働くXは、「通勤時間が片道50分から2時間弱に伸び、保育に支障が生じる」という理由で転勤を拒否。
これにより懲戒解雇されたXが、職権乱用であるとして裁判所に提訴した事件です。最終判決はXの敗訴となりました。
<ポイント>
- Xと会社の間で採用時に勤務地域を限定する合意がなかった
- 就業規則には転勤を命じることができる旨の規定があった
- 「本社で現場経験があり、40歳未満の者」という人選基準でXが選ばれた
- 退職者の穴埋めを早急に行う必要があり、不当な動機から会社が転勤命令を出したとはいえない
- 転勤によりXに生じる生活上の不利益は「通常甘受すべき程度」を著しく超えるとはいえない→転勤命令は職権乱用ではない
東京都内で通勤時間が1時間以上かかることは珍しくありません。また八王子付近には空きのある保育園がいくつか存在していたといいます。Xは工夫次第では転勤先に通うことができたため、Xの言い分は転勤拒否の理由としては弱いと判断されたようです。
※参考:
→判例検索「ケンウッド事件」|公益社団法人全国労働基準関係団体連合会
→ケンウッド事件|労働法ナビ
→【異動】配転の意義、勤務場所の変更|独立行政法人 労働政策研究・研修機構
例3:【労働者勝訴】「北海道コカ・コーラボトリング事件」(平成9年)
生産体制の見直しに伴い、帯広工場から札幌本社に異動する4人のうちの1人に選ばれた従業員X。しかし、Xの長女は躁うつ病の疑いが、次女には脳炎の後遺症があり、Xの両親は体調不良でした。
そのため、Xは家庭の事情から転勤命令に従わずにいました。その後、懲戒解雇を恐れて札幌本社に赴任したXが、帯広工場での勤務を求めて提訴したという事件です。
判決はXの勝訴となりました。
<ポイント>
- Xと会社の間に勤務地を帯広に限定する合意はなかった
- 就業規則には転勤を命じることができる旨の規定があった
- Xの家庭状況を鑑みると、札幌に転居するのも単身赴任するのも困難
- Xが札幌に異動した場合、「通常甘受すべき程度」を超える不利益をXが負うと予想される
- Xは会社に何の問題もないかのような家族状況届を提出していた
- とはいえ、転勤命令が出される1ヶ月以上前にXは家族状況を会社に申告し、転勤には応じ難いと伝えていた→家庭状況を知っていながら人選を見誤った会社に責任がある
例1・2と比べると、例3におけるXの家庭状況は深刻だったため、勝訴となったのでしょう。
例3のように病状が重く、従業員本人の負担が大きいケースでなければ、転勤拒否は難しいのかもしれません。
※参考
→判例検索「北海道コカ・コーラボトリング事件」|公益社団法人全国労働基準関係団体連合会
→労働相談Q&A「遠くの事業所への転勤を命じられた」|わーくわくネットひろしま
まとめ
介護や重病などのやむを得ない事情がない限り、転勤拒否は難しいようです。家族がいたり、長年その地域に住んでいたりすると、そこを離れる決断をするのはなかなか困難でしょう。
しかし、転勤は昇進や昇給につながるメリットもあります。自身のキャリアを踏まえた選択ができるよう、よく考えて拒否するかどうか決断しましょう。