危ない5つの職業と対策 やりがい搾取とは?

「やりがいがある仕事だから」と低賃金で働かされることを意味していますが、実態がわかっていない人も多いのではないでしょうか?

「やりがい搾取」の意味やどんな職場に多いのか、対策について解説します。

やりがい搾取とは?

若者の過酷な労働環境が生んだ造語

上司に「こんなにやりがいのある仕事あるか?」と詰め寄られている社員のイラストやりがい搾取とは、雇用主が従業員に「この仕事は給料以上のやりがいがある」と強く押し付け言葉や態度で支配し、不当に安い給料や劣悪な環境で働かせることを言います。

言葉の生みの親は教育社会学者の本田由紀氏。著書などで最近の若者たちの労働の現状について持論を展開する中で2007年前後から使い始め、一般に広く認知されるようになりました。

やりがい搾取という言葉が生まれた背景には、日本が抱えるさまざまな問題が絡み合っています。その一つは、「自分の才能や能力を発揮すること」を重視する若年労働者を、「安く使える労働力」として搾取する、いわゆるブラック企業が横行していること

やりたいことができ仕事に充足感が得られるなら、無償での長時間労働や休日出勤なども受け入れてしまう労働者がいる一方、そこにつけ込んで彼らを雇用側に都合の良い労働環境下に引きずり込んでしまう企業がある、という現状があります。

身も心もむしばむやりがい搾取

前提として、仕事をするうえで一番大事なことはやりがいだと思うことは個人の自由です。しかし、雇用主が「うちの仕事にはやりがいがあるのだから安い給料で働いてもらっても構わない」という偏った考えに従業員を洗脳するのは明らかに行き過ぎた行為。

実際、安い賃金で長時間働かされた従業員が心身の健康を壊してしまう事態も起こっています。また従業員側が正当な対価を受け取らずに仕事を続けることが、結果的にその業界全体の賃金相場を下げることにもなりかねません。

さらに、やりがい搾取に遭うことで、従業員が仕事への自信をなくすという問題もあります。自分は誇りをもって働いていたとしても、労働環境の過酷さから周囲に「やりがい搾取をされているのでは」と言われ、職場を疑ってしまうかもしれません。せっかく夢だった職に就いてもその職場でやりがい搾取に遭い、挫折することもあるようです。

やりがい搾取された人の「不幸すぎる結末」

「憧れの仕事ができる」「社会的に意義のある仕事だから」と洗脳され、使い捨てられた人たちがどうなったのか、下記の記事では、実際にあったやりがい搾取の4つの事例を紹介しています。

やりがい搾取 簡易チェックリスト

ここまでを読んで、「もしかしたら自分もやりがい搾取に遭っているかも……」と不安になった方は、次のリストの中から当てはまるものにチェックを入れてみてください。

これはあくまで一例ですが、チェックの数が多ければ要注意。すでにやりがい搾取の罠にはまっている危険性も。

一度、自分の労働環境を冷静に見つめ直す必要がありそうです。

コラム:やりがい搾取と長時間労働

一般的にやりがい搾取が起こっている現場は長時間労働になりがちですが、実際の労働時間はどうなっているのでしょうか。

以下は連合総研の「勤労者の仕事と暮らしについてのアンケート」から、週あたりの平均実労働時間を男女それぞれ正社員・非正社員ごとに算出したものです。

週あたりの平均実労働時間の表※アンケート結果より。男性正社員は、40時間以上50時間未満が1045人(54.2%)、50時間以上60時間未満が254人(13.2%)、60時間以上147人(7.6%)。男性非正社員は、40時間以上50時間未満が119人(31.1%)、50時間以上60時間未満が14人(3.7%)、60時間以上6人(1.6%)。女性正社員は、40時間以上50時間未満が431人(46.8%)、50時間以上60時間未満が40人(4.3%)、60時間以上29人(3.2%)。女性非正社員は、40時間以上50時間未満が127人(11.8%)、50時間以上60時間未満が14人(1.3%)、60時間以上17人(1.6%)。

※参考→報告・研究アーカイブ|連合総研

正社員の場合1日8時間勤務とすると、多少残業があっても週5日働いて妥当と思われる労働時間は40時間以上50時間未満のライン。一応この階層が最も多くの割合を占めてはいます。

しかし、男性正社員では50時間以上働いている人の割合も約21%とけっして少ないとは言えません。

もちろんデータのすべてがそうとは言い切れませんが、長時間労働の一端にやりがい搾取が潜んでいる可能性があります。

職場にやりがい搾取が生まれるワケ

「やりがい搾取が生まれる理由」人件費削減・業界構造の事情

雇用側1:雇用主による人件費削減

やりがい搾取とブラック企業は密接な関係にあります。

ブラック企業に明確な定義はありませんが、一般的には違法な労働環境に労働者を置き、心身を危険にさらす企業のこと。「やりがい」を口実に労働環境の悪さを労働者に納得させることも多く、やりがい搾取が横行しています

やりがい搾取のターゲットとなるのは、雇用主の言うことをよく聞いて真面目に働く従業員です。彼らは企業側からすれば、「うちの仕事は世のため人のためになる」「給料以上にやりがいがある」という言い分を振りかざせば、低賃金を飲んで一生懸命働いてくれるので、人件費の節約ができるというわけです。

雇用側2:業界構造のやむを得ない事情

雇用主の横暴によるもの以外に生じるやりがい搾取もあります。

たとえば、師弟関係で成り立つ伝統技術の世界。とある現場が弟子を募集する際、最初の半年間は給与なし、その後の仕事の保証もないことを公言し、ニュースに取り上げられ賛否の声が上がりました。

伝統工芸職人は年々窮地に追い込まれています。伝統工芸品の需要は減少しているため、技術や経験はあっても自分の暮らしで精一杯という人も多く、弟子の給料まで面倒をみられないのが実情です。

一方で後継者不足は深刻化しており、歴史や技術が途絶えることを危惧すると、先のような弟子募集を出すしかない現状があるようです。職人の世界には昔から世間とはかけ離れた厳しさがあるもの。弟子は中途半端な気持ちでは務まらず、師匠は無償でもやっていく志や情熱がある人材かを見極めたいという意味合いも含んでいるのかもしれません。

働く側1:『夢』に洗脳される

雇用主が従業員側の仕事に対する真面目な姿勢や一生懸命さにつけ込んでくるのもやりがい搾取が広がっている一因です。

特に若手は社長や上司が語る言葉に希望を抱きやすいもの。男気がある言葉を並べられたり抽象的な精神論を語られたりすることで、「自分もこうなりたい」と思ってしまうことがあります。

また、毎日忙しく働かせることで余計なことを考える余地を与えなかったり、社員教育と称して洗脳まがいの研修を受けさせ、正常な判断力を鈍らせたりしているところも。社員のミスにつけ込み、不利益を与えた人間でも置いてやっていると借りを作らせるのも手口の一つ。

社長や上司に信頼を置けないとなかなか仕事は続けられませんが、完全に信用し切るのも危険だと頭の隅に置いておきましょう。

働く側2:ポストやステータスに囚われる

企業にとって従業員労働者を都合よく働かせるには、自分の仕事が会社に利益を生んでいるという自己肯定感を持たせることが大事だと雇用主は熟知しています。

能力も実績もないが安く雇える新人や若手に、安易に部長や店長といったポジションを与えるのもやりがい搾取の手法。役職を与えられた方は能力を認められたと勘違いし、自分だけは特別と思い込んで会社に奉仕します。

また、社内システムの確立された大手企業にやりがい搾取などあるわけがないと思っている人もいるでしょうが安心はできません。表向きには評判が良くてもふたを開けてみれば……ということも少なからずあります。特に古い体質が残る企業は要注意です。

やりがい搾取に遭いやすい人の特徴

「やりがい搾取に遭う人の特徴」自己犠牲型の若者・再就職した子育てママ・未経験の職種に転職したて

ではどういった人がやりがい搾取に遭いやすいのでしょうか。タイプ別に挙げてみました。

1自己犠牲型の若者

やりがい搾取に一番巻き込まれやすいのは社会経験の少ない若者です。

「給料や休みよりも、好きなことややりたいことを重視して働く」
「人の役に立つことの喜びを仕事に求める」
「夢の実現に強くこだわる」

上記のいずれかに当てはまる人材は会社にとって極めて好都合です。普通の企業であればこういった人材は働いた分だけ報われるものですが、やりがい搾取が起こるような職場では注意が必要です。

2再就職した子育てママ

「家計を支えるのはあくまで夫。自分は小遣い稼ぎ程度に働ければいい」と軽い気持ちで再就職するママ世代は多いはず。でもひとたび社会に出ると専業主婦では得られなかった「お客さんや同僚・上司から頼りにされている感覚」が職場への奉仕精神に火をつけることも。

その結果、店長などに言葉巧みにこき使われ未払いの賃金が蓄積したり、残業を強要されたりするケースがあります。

3未経験の職種に転職したての人

転職者の中でも、元々憧れていた業界への転職など、夢と希望を抱き未経験の職種へ飛び込んだ人は注意が必要です。

職場や仕事に早く慣れようとするあまり、がむしゃらにがんばりがち。そこにつけ込んで残業や休日出勤を強要したり、到底処理できない仕事量を抱え込ませたりする会社も。

状況を飲み込めないまま「どの社員も同じだよ」「この業界はこんなもんだよ」などと声をかけられると、過酷な環境に次第に感覚がマヒしていくこともあるのです。

やりがい搾取に遭いやすい職業と年収・待遇の実態

「やりがい搾取に遭いやすい職業5例」ヘルパー・保育士/コンビニ・居酒屋・チェーン店長/ノルマがきつい販売業/ウェブデザイナー・アニメーター/塾講師

ヘルパー、保育士

平均年収

介護ヘルパー336万円、保育士374万円(※)

待遇

ヘルパーや保育士といった仕事はサービスを提供する相手との関わりが深くなることにやりがいを感じる方が多いようです。しかし、誠実に対応しようとするあまり自分の時間や精力を必要以上につぎ込むことになりがちです。

また、ヘルパー=介助、保育士=育児と家事労働の延長として見られがちな面もあるため、誰にでもできるという概念がつきまとい、プロのスキルも軽んじられる傾向に。過酷な労働に見合わない低賃金が問題視され、見直しを求める声が高まっています。

コンビニ・居酒屋チェーンの店長

待遇

コンビニや居酒屋チェーンの店長は、仕入れや店舗運営、アルバイトの管理などを任される責任あるポジションで、店の収益が自分の評価にも繋がることにやりがいを感じる方も少なくありません。その一方、深刻な人手不足から、アルバイトが集まらない分は店長が長時間労働をして埋め合わせをしていることも

年収は求人票を見るとどちらも300万円後半~500万円程度で、経験や成績に応じてアップするシステムですが、現実は厳しい面もあります。

また、店長は管理職に当たるのでいくら働いても残業代は出ず、時給換算するとアルバイト以下の給料ということもあるようです。

ノルマがきつめな販売業

平均年収

338万円(※販売店員の場合)

待遇

ノルマがある仕事はワーカーホリックになりやすく、やりがい搾取にも遭いやすい職種と言えます。ノルマをクリアしたときの達成感や高揚感を「やりがい」と感じてしまい、収入が上がらなくても「自分の頑張りが足りないせい」などと自分を責めてしまいます。

雇用主もそこにつけこんで従業員を言葉でごまかし、収入を上げなかったり報奨金などを与えず安い賃金のまま働かせたりするケースもあります。

ウェブデザイナー、アニメーター

待遇

ウェブデザイナーやアニメーターはスケジュールがタイトで納期がある仕事。限られた予算と時間でクオリティの高い仕事を求められ、スペシャリストとしての責任が重くのしかかります。終電で帰れない日が続き、体力的にもきつめの仕事と言われています。

けれども給料は安く、30代前半のアニメーターでも年収が365.2万円。それなのに希望者がいなくならないのはクリエイティブなモノづくりに携わりたい人が多いため

「そもそも割に合わない業界なので金銭だけを労働の対価として見るのはどうか」といった風潮があるのもやりがい搾取を蔓延させています。

※参考→平成30年度メディア芸術連携促進事業研究プロジェクト 活動報告シンポジウム「アニメーター実態調査」|文化庁

学生バイトが犠牲になりやすい塾講師

平均年収

423万円(※個人教師、塾・予備校講師)

待遇

塾講師は学生アルバイトもやりがい搾取のターゲットになりやすい仕事。月給制・年俸制の正社員・契約社員と時給制の非常勤講師に分かれ、非常勤講師のほうが多く、そのほとんどが学生アルバイトです。

時給はだいたい1,000円~5,000円と指導技術や大手塾か個別指導塾かによって大きな違いがあるのが特徴です。

学生アルバイトは低賃金で雇うことができ、生徒や保護者から評判が悪いと切りやすい雇い主にとって好都合な働き手。社会経験が少ないのでやりがい搾取の犠牲になるケースが多々あるようです。

※平均年収は令和3年賃金構造基本統計調査(厚生労働省)より算出
ウェブデザイナー・アニメーターのみ平成30年賃金構造基本統計調査(厚生労働省)より算出

やりがい搾取に気づいたときに取るべき3つの対処法

「やりがい搾取の対処法3つ」・身体を壊すまで労働力を安売りしない・専門弁護士や労働組合など適切な窓口に相談する・早めに見切りをつけて転職先を探す

身体を壊すまで労働力を安売りしない

まず最優先すべきは自分の健康を守ることです。すでに心に深い傷を負ってしまった人や体が悲鳴をあげている人もいるかもしれません。心身をすり減らして働いたところで、会社は自分のために何もしてくれないのです。

自分の能力や知識、技術力を安く見積もらず、適正な対価を得て当然だと自信を持つこと。そのうえで雇用主の態度を冷静に見ながら行動に出ましょう。割り切って仕事をするよう切り替える、または働かないなど、何らかの意思表示をすることが大事です。

専門弁護士や労働組合など適切な窓口に相談する

やりがい搾取の中には明らかに法に触れるケースもあります。いざというときは弁護士や労働組合といった専門家の力を借りましょう

ブラック企業被害対策弁護団はブラック企業の被害者を救済する組織。会社に労働組合がない人は1人でも加入できる労働組合(ユニオン)に相談してみてください。

また、労働局・労働基準監督署や地方自治体の労働相談を利用する手もあります。相談に行く際は、証拠となるメールや音声データなどがあると第三者の判断がスムーズに行われます。

早めに見切りをつけて転職先を探す

先に述べた対応を取りながら、転職先を見つける努力も忘れてはいけません

今の会社を辞めたら早々に新しい道を歩み出せるよう準備をしておきましょう。

転職活動では再びやりがい搾取に遭わないために会社を見分ける目も養っておくべきです。

自社のホームページや求人情報に、「成長」「お客様第一」などやりがい搾取の引き金となりやすいキーワードを並べているところは黄色信号。面接で勤務条件や待遇を説明しない会社や、面接官が高圧的なところも危険です。

まとめ

いかがでしたか。やりがい搾取は個々の認識の違いによってとらえ方が分かれる問題。一部ではPTA活動やボランティアもやりがい搾取に当たるのではないかなどという意見もあるほどです。

だからこそ、世間に漂う風潮に流されず、公平な目で自分の労働環境を見つめることが大事。働き手の力で健やかに仕事ができる職場をつくっていきましょう。