社員はもはや召使い!? 家族経営の会社で起きたブラック事件簿

「社長の家族が仕事もしないで高給を取っている」「親族が結託してやりたい放題」…。家族経営と聞くとそんなイメージを持つ人もいるかもしれません。

年間5000件以上の労働相談に関わっているNPO法人POSSE代表今野晴貴さんに、家族経営の会社で本当にあったブラックエピソードを聞きました

ケース1|創業社長の引退後、二代目がやりたい放題の建設会社

Aさんが働くのは従業員40名の建設会社。裸一貫で会社を築き上げた社長は、社員のことを一番に考える人で、職場の雰囲気も良くとても働きやすい会社でした。

ですが、社長が70歳を超えて病気にかかり、40代の長男が二代目社長になると会社の雰囲気は一変しました。

長男は以前からこの会社で社員として働いていましたが、実際にはほとんど何もせず、「俺は社長になるんだから肉体労働なんかしない」「働かないヤツは俺が社長になったらクビだ」と、パワハラ的な発言を繰り返し、みんなから嫌われていました。

創業社長も息子には甘く、長男のそんな言動を知りながら好きにさせていたのです。

そして、社長に就任した長男のパワハラはますます酷くなりました。社員に対する理不尽な言動が当たり前になり、少しでも反論すると「お前はクビだ!」「黙って働け」などと怒鳴り散らすのでした。

人手不足の中、夜勤続きで自宅に帰れないAさんが会社で仮眠をとっていると、「会社でなに寝てんだコノヤロー!早く現場に出て仕事しろ!」と叩き起こされたこともあったそうです。Aさんが事情を説明しても一切耳を貸さず、「おまえはボーナスゼロだ!」と捨て台詞を残し、どこかへ行ってしまったといいます。

長男のパワハラはその後も続き、多くの社員が退職していきました。Aさんも何度も辞めようと考えましたが、「大事にしてくれた前社長の恩義に報いたい」という思いから耐えて働き続けました。しかし半年後、ついにAさんは精神疾患を発症し、1年以上の休職を余儀なくされました。

解説|家族経営の会社は社長交代のタイミングが危ない

今野晴貴さん(以下、今野):家族経営の会社の場合、二代目社長になった途端、職場の雰囲気が一気に悪化することがあります。

自ら事業を立ち上げて会社を経営してきた創業社長であれば、現場の苦労も知っています。ところが、何の苦労もなく会社を引き継ぐことになった二代目の中には、甘やかされて育ち、現場の苦労を知らないどころか、自分は偉いから何をやってもいいとか、気に入らない社員は切り捨てていいと考えている人さえいます。

しかも能力よりも血縁優先で後継者になったため、本当に会社を経営していく能力があるのか不安なケースもあるのです。

そのような人が会社を継いでも、従業員と良好な関係が築けるはずはないですし、会社の経営そのものが危うくなってもおかしくありません。

もちろん、二代目社長がすべてそのような人ばかりということではありませんが、家族経営の会社は社長の交代期が要注意と言えるでしょう。

パワハラを受けるなどした場合には、迷わず個人加盟の労働組合や労働者側の弁護士など、労働問題の専門家に相談してください。未払いの残業代などがある場合には、その支払いを受けることができるはずです。

ケース2|社員を使用人のように扱う運送会社

Bさんが働く運送会社は、父親が社長、母親が経理と総務部長、3人の息子がそれぞれ要職を務める典型的な家族経営の会社です。

事務所の壁には「社員は家族」と大きく書かれた張り紙が張られ、朝礼では社長が「社員はみんな家族なんだから、どんなときでもお互いに助け合おう!」と熱く語る「古き良き昭和」を感じさせる職場でした。

Bさんが新卒でこの会社に入社したのは、実家から通いやすく、面接で「残業は一切ない」と聞いたからでした。Bさんの家族が重い病気にかかり長期の入院が予想されたため、家族をサポートしたいと、できる限り自由な時間を確保できる仕事を選んだのです。

ところが実態は聞いていた話とまったく違いました。定時の18時で帰れる日は一日もなく、早くて20時、遅い時には22時過ぎまで残業の毎日。それも自分の仕事ではなく、営業資料の作成や伝票整理など他部署の手伝いばかりで、しかも残業代は一切支払われませんでした。

疑問に思ったBさんが残業代について聞くと、社長の妻である総務部長に「社員は家族なんだから、困っている家族を手伝うのは当然でしょ。それに、これは本来あなたの仕事ではないから残業ではありません。あなたは家族を手伝ってお金を要求するの?」と諭されました。

そして、ことあるごとに社長や他の役員たちにも同じようなことを言われ続けたBさんは、いつしか「会社とはそういうもの」と思うようになっていったそうです。

そんなBさんにつけこむように、社長一家は会社の業務とは関係ないことまで命じるようになりました。仕事が終わった後、飲みに行く社長をクルマで送迎したり、休日は社長一家のバーベキューに買い出し係として参加したり……。

気がつけば、Bさんは社長一家の使用人のようになっていて、ときどきお駄賃としてもらう数千円さえ「ありがたい」と感謝するようになっていました。

解説|家族経営は「密室」。洗脳されないよう要注意

今野:家族経営の会社で働く人が特に注意しなければならないのは、その会社の内部だけで語られる「密室の論理」に取り込まれないようにすることです。

特に注意が必要なのは、新卒など就業経験がほとんどないまま、こうした会社に入社した場合です。社会経験が浅い人が、家族経営の会社内だけに通用するいびつで独善的な論理を何度も繰り返し刷り込まれると、いつの間にか「これが常識」だと信じて疑わなくなってしまうのです。

一度そうやって洗脳されてしまうと、そこから自力で抜け出すのは困難です。なぜなら、その状態こそが当たり前で、何の問題もないと思っているからです。そうなると、過労で心身を壊したり、何か事件や事故が起きたりして第三者が介入しない限り、状況を改善するのは難しいと言わざるを得ません。

家族経営の会社の論理に取り込まれないようにするには、最初に感じた「あれっ、なんか変だぞ……」という違和感を大切にすることが大事です。少しでもおかしいと感じたときは、メモを取るなどして記録を残しておくようにしましょう。

ケース3|経営者親子の食いものにされた社会福祉法人

都内にある認可外保育園では、母親が保育園を運営する社会福祉法人の理事長を務め、その娘2人が役員を務めていました。開園当初はごく普通に運営されていましたが、開園から数年経った頃から「経営状況の悪化」を理由に給与の支払いが遅れがちになりました。

 そしてある日、給与の支払いが完全にストップしました。その保育園は雑居ビルの中にあるのですが、その家賃すらずっと滞納している模様。そのうち理事長も娘の役員もまったく出勤しなくなり、電話で連絡を取ることさえ難しくなりました。

 それでも、毎日やってくる子どもたちを預からないわけにはいきません。困り果てたCさんは、保育園の経理全般を見ている税理士事務所と連絡を取ることにしました。

税理士によると保育園の経営が悪化したのは、新たに保育園を開園したせいだといいます。Cさんは耳を疑いました。保育園開設について、職員には一切説明されていなかったのです。

 実は役員を務める娘の一人が大のスキー好き。娘の「スキー場で保育事業をやりたい」という夢をかなえるために、母親である理事長が長野県のとあるスキー場近くに保育園を作ったのです。しかし新設した保育園は大赤字。その赤字を埋めるために、法人のお金のほとんどは長野の保育園に流れているということでした。

加えて経費の私物化も明らかになりました。ベビーカーやおもちゃの法人宛領収証が多数出てきましたが、それらの品物は一切保育園に持ち込まれることはなく、すべて娘の子ども(理事長の孫)に渡っていたのです。完全な公私混同です。

 激怒したCさんたち職員は団体で理事長宅を訪れ、未払い賃金の支払いを要求しました。すると、その3日後に理事長は倒産を宣言し、即日、都内の保育園を閉園しました。

解説|親族が結託して不正を行うケースもある

今野:これは会社を私物化している典型例です。私の見た限りでは、保育や障害者支援などの福祉業界は家族経営のブラック企業が多いように感じています。

よくあるのは、ケース1で紹介した建設会社のように、二代目、三代目と親族が経営を継ぐことで、ブラック化していくケースです。創業者は高い志を持って事業を立ち上げたものの、代替わりが進むとその理念を見失ってしまうのかもしれません。

このケースの他にも、姉妹で経営する保育園が自治体から合計2000万円以上の助成金を不正に受給し続けていた事例があります。助成金の横領です。不正に気づいた自治体が返還請求を行ったところ、その保育園はいきなり閉園になりました。

家族経営で経理を親族が担当していると不正なお金の流れがあっても、それが見過ごされやすいと言えます。むしろ経理担当も結託して助成金の不正受給などを行うケースもあるのです。

Cさんが被害に遭った認可外保育園のケースでは、理事長である母親とその娘が結託して保育園を私物化したと言えます。地域の労働組合に相談したCさんは、弁護士を通じて未払い給与の支払い請求を行い、無事に支払ってもらうことができました。

ケース4|院長の妻がパワハラ。スタッフが次々に辞める病院

個人経営の病院であったケースです。その病院では、院長の妻によるパワハラが横行していました。

妻の役職は理事長。毎日のように病院内を見回り、「●●が汚れてる!」「■■が整理整頓されていない!」とダメ出しの嵐。もしスタッフが一言でも言い訳しようものなら、徹底的に糾弾されました。

このパワハラ・モラハラにより、看護師や薬剤師、事務員などスタッフが次々に辞めていきました。理事長は目をつけたスタッフを徹底的にいじめて退職に追い込んだそうです。

看護師のDさんも辞めさせられた一人です。あるとき、些細なミスを理事長に指摘され、うっかり「責任を取って退職する(覚悟です)」と言ってしまったのですが、その言葉をICレコーダーでこっそり録音されていたそうです。その後は、顔を合わせるたびに「いつ辞めるのか」としつこく問い詰められたといいます。

さらに理事長は陰湿にも、Dさんが他のスタッフと相談できないよう、休憩時間をバラバラに取らせたり、わざと帰りがけに用事を言いつけて他のスタッフと一緒に帰らせないようにしたりと、周囲から孤立させようと画策していました。

こうして追い詰められたDさんは、精神を病んで退職を余儀なくされました。

解説|名ばかりの役職で高給を取る親族も

今野:医療も家族経営の弊害が出やすい業態です。医師という職業はいまだに世襲が多く、個人経営の病院は「大先生」から「若先生」に引き継がれることがほとんどで、第三者が介入しにくいと言えます。

また、個人経営の病院では院長が絶大な権力を握っており、かつ、周りの看護師や患者さんから「先生」「先生」と崇め立てられるため、「自分はエラい」と勘違いしてしまう人も多いようです。

Dさんが勤務していた内科クリニックでは、院長よりもその妻が絶対的な権力を持っていました。誰よりも高い給料を取りながら、理事長とは名ばかりで病院内を見回ってスタッフを監視する以外には仕事らしい仕事は一切しなかったといいます。

この病院に限らず、家族経営のブラック企業では「経営者の親族が働きもしないで高給を取っている」例が多くあるようです。しかも、ただ働かないだけでなくパワハラまでしていたら、真面目に働いている従業員が不満に思うのも当然のことでしょう。

そのようなところで働くことはおすすめできませんが、少しでも状況を改善したいと考えるのであれば、地域の労働組合に加入して給与引き上げの団体交渉を行うことができます。

おかしいと感じたら専門家に相談を

今野:家族経営の会社は第三者が介入しづらく、親族が結託して労働者を搾取する、不正行為を行うといったことが起こりやすいと言えます。

また、不当な扱いを受けていても、「会社とはこういうものだ」「これが普通だ」と思い込まされて洗脳されてしまうケースが少なくありません。

何かおかしいと感じることがあっても、賃上げなどを求めて会社と個人交渉するのは難しいことですし、労働問題を個人の力で自分に有利な形で解決するのはほぼ不可能です。迷わずに労働問題の専門家に相談することをおすすめします。私たちNPO法人POSSEにも気軽にご相談ください。

取材・文/盛田栄一

 

この記事の話を聞いた人

NPO法人POSSE代表

今野晴貴

1983年仙台市生まれ。一橋大学大大学院社会学研究科博士課程修了。ブラック企業対策プロジェクト共同代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。『ブラック企業』で2013年流行語大賞トップテン受賞。著書に『ブラック企業−−日本を食いつぶす妖怪』(文春新書)など多数。

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