人はこうして壊される 本当にあったブラック企業の洗脳手口
「ブラック企業」は、さまざまな手口で働く人を洗脳し、搾取します。
年間5000件以上の労働相談を受けているNPO法人POSSE代表の今野晴貴さんに、本当にあった「ブラック企業の悪質な手口」について聞きました。
ケース1|合宿研修で社員を洗脳。会社に服従させる不動産会社
Aさんは中堅私立大学の出身。学生時代は部活に打ち込み、中学時代は柔道部で近畿大会3位、高校時代は全国大会常連校の名門ラグビー部で活躍するなど、華々しい結果を出してきたAさんが、会社選びで重視したのは「本気で仕事に打ち込める環境があること」でした。
Aさんが就職したのは、業績を急拡大させている新興不動産会社の営業職。採用情報のパンフレットに溢れる熱い思いが込められた言葉が決め手でした。「不動産営業は死ぬほどキツい」と聞いていましたが、「体力には自信があるし自分は大丈夫」「キツい仕事ほど挑戦しがいがある」と考えていました。
しかし、入社後に行われた1週間の宿泊研修で、Aさんの自信や価値観は完全に壊されてしまったのです。
宿泊研修が行われたのは人里離れた研修施設。到着した途端、携帯電話も財布も会社に没収され、完全に隔離された状態に置かれました。
初日から行われた「己を知る」というプログラムは、全員の前でそれまでの人生について語り、それを上司や同期に徹底的に否定されるというもの。Aさんの輝かしい部活の実績も「妥協した結果だ」「部活で飯は食えない」などと徹底的に否定されました。
1日目の研修が終わったのは午前5時。寝る時間のないまま、2日目の研修は午前5時45分からスタートしました。毎日行われるペーパーテストでは、満点を取れないと上司から厳しく叱責され、グループディスカッションでは全員が否定し合うだけでなく、徹底した自己否定が求められました。
7泊8日の研修で、睡眠時間は合計7時間ほど。不眠不休の状態で否定され、心を折られ続けたAさんは自分を価値のない人間だと思い込まされ、そんな自分を働かせてくれる会社に感謝の念を持つようにさえなりました。
こうしてすっかり洗脳されてしまったAさんは、会社での常軌を逸した長時間労働にも疑問を抱くことはなく、月200時間以上の残業を続けた結果、体を壊して退職するに至りました。入社して6ヶ月後のことでした。
体力、精神力に自信ある人ほど危険
今野晴貴さん(以下、今野):これは、「ブラック企業」が行う典型的な洗脳研修の事例です。
目的は、新入社員のアイデンティティーを剥奪すること。それまで持っていた自我や自尊心、行動規範を徹底に破壊することで、会社のどんな命令にも服従しやすい心理状態を作り出すためです。
この事例のように泊まり込みの形で行われるのが一般的ですが、上司の前で道行く人に声を掛け続ける「ナンパ研修」、大勢の前でお笑い芸を強要される「お笑い研修」、20〜30㎞の長距離をひたすら歩かされる「ウォーキング研修」など、さまざまなバリエーションがあります。
実は、Aさんのように体力や精神面の強さに自信があり、部活などで輝かしい実績を残している学生ほど、「ブラック企業」に取り込まれやすい傾向があります。つらい練習を乗り越えて結果を出した成功体験があるので、酷い仕打ちに遭っても「今度も乗り越えてみせる」と頑張ってしまうのです。
「本気」「熱意」といった言葉で必要以上に求職者や就活生を煽り、勧誘する会社には注意する必要があるでしょう。
ケース2|予報士という「夢」を利用して搾取する気象予報会社
Bさんは小学生の頃から気象観測に興味を持ち、毎日の天気を自分で記録するなど、気象予報士に憧れていました。
大学卒業後、二度目の挑戦で気象予報士の試験に合格。国内大手天気予報会社への入社試験にも合格し、念願の気象予報士として活躍できるはずでした。
ところが、その会社には理不尽な「予選」というシステムがありました。採用試験を経て採用されたにもかかわらず、入社後、半年間の「予選」期間を通じて実際に気象予報士として働けるか会社が判断するというものです。
Bさんは「予選」を通過するために必死に働きました。時間外労働は6ヶ月で1000時間以上。厚生労働省が定めた「過労死ライン」は、「2ヶ月間ないし6ヶ月間にわたって1ヶ月当たりおおむね80時間」ですから、その2倍から3倍働いたことになります。
にもかかわらず、上司は「なぜ真剣に働かないんだ」「なぜこの会社に来たんだ。迷い込んできたのか」などとBさんを叱責し続けました。
そして半年後に行われた上司との面談で伝えられたのは、「予選落ち」という結果。半年間の激務が報われず、夢を叶えられなかったBさんは、その翌日に自ら命を絶ちました。
「夢」「理想」といった言葉には要注意
今野:これは、かつて「過労自殺」として報道された事件です。この気象予報会社の場合、Bさんに月平均150時間以上の残業をさせておきながら、残業代はほぼ未払いでした。
このケースのように、若者の「夢」や「憧れ」をある種のエサに使い、若者を不当に働かせるのも「ブラック企業」のひとつの手口です。
中には、インターンシップを悪用するケースもあります。私が相談を受けたのは、若い経営者が立ち上げ、事業として成功していたあるITベンチャーが、インターンシップの学生をほぼ無給で社員と変わらない業務に就かせていたケースです。
その学生は「一緒に夢を追いかけよう」などと言われ、自分が仲間として評価されたようで嬉しかったそうです。ですが、朝から晩まで働かされただけでなく、大学が休みの間だけの契約だったはずが、長期プロジェクトに参加させられて契約期間が過ぎても辞めさせてもらえませんでした。
幸い、その学生は会社を離れて未払い賃金の支払いを受けることもできましたが、「夢」「仲間」「理想の自分」などといった言葉で、過酷な状況から目をそらさせる企業には要注意です。
ケース3|「生徒はどうなる!」責任感につけこむ個別指導塾
Cさんは教師を目指し、中堅私立大学の教育学部に進学。大手の個別指導塾のアルバイト講師として働いていました。
平日は大学の授業後にシフトを入れて働いていましたが、受験が近づく12月・1月になると塾からの要望でシフトが増やされ、勤務状況が悪化しました。
12月の勤務は25日間、1月は正月明けから23日間も勤務することに。年末年始や土日は大学の授業がないため、正社員並みに1日8時間以上働くこともめずらしくありませんでした。
新学期の準備が始まる頃には、Cさんは塾長から正社員以上の授業数を担当するよう言われます。大学の授業も忙しくなっていたCさんが断ると、「キミは教師を目指しているんだろ?塾講師の経験は将来絶対に役に立つから、今は金を払ってでも経験しておくべきだ!」と一喝され、やむなく引き受けることにしたそうです。
そしてある日、前日の授業を欠席した生徒が「どうしてもC先生に指導してほしい」と突然塾を訪れました。塾から呼び出しを受けたものの、欠席できない大学の授業があったCさんが「今日は無理です」と断ったところ、塾長は激昂。
「キミを頼ってくる生徒を見捨てるのか!」「保護者はキミを信頼している。その信頼を裏切るつもりか!」「教育者として恥ずかしくないのか!」といった恫喝が始まりました。
何度断っても電話を切ることさえ許さない塾長に根負けし、Cさんはその日、しかたなく塾に出勤しました。
そして、その日を境に塾側の要求は次第にエスカレート。ほぼ毎日出勤しなければならなくなり、学業との両立は完全に不可能になりました。
ストレスで眠れなくなったCさんは、うつ状態に陥り、大学にも通えない状態になってしまいます。それでも、塾生徒と保護者に対する責任感から塾講師の仕事だけは続けていましたが、やがてそれも限界に。
Cさんは心療内科で「うつ病」と診断され、大学を休学して塾も退職しました。その後、復学を果たしましたが、現在も心療内科に通い続けています。
真面目で責任感が強い人ほど利用されやすい
今野:このケースのように、真面目で責任感が強い人につけこむのも典型的な「ブラック企業」の手口です。
実は、進学塾・学習塾は比較的「ブラック化」しやすい職場だと言えます。塾側が生徒を「人質」に取り、「生徒がどうなってもいいのか!」と脅すことで、塾講師に不当な労働を強要しているケースが多いのです。
講師の中には、教材の準備や作成、テストの採点など、勤務時間内に終わらなかった塾の仕事を自宅に持ち帰ってこなす人が多く、その分は当然、無賃労働です。私の経験から言うと、多くの個別指導塾が何らかの労働法違反をしているのではないでしょうか。
ケース2のように若者の「夢」や「憧れ」に便乗したり、「幹部候補生」「店長候補」「正社員登用」などの言葉をエサに「もう少し頑張れば努力が報われる(かも)」と錯覚させたりする手口は、以前から多かったのですが、それに加えて最近は、働く人の「責任感」を利用する手口が増えています。
その結果、「ブラック企業」が急増しているのが、学習塾、保育所、介護施設、エステサロンなどの対人サービス業。いずれも生徒(学習塾)、幼児(保育所)、お年寄り(介護施設)、常連客(エステサロン)を「人質」に取って、従業員を精神的に追い詰め、束縛するのです。
本来であれば、利用者や顧客に対して責任を果たすのは会社(使用者)側の義務であって、従業員がそこまで責任を感じる必要はないのですが、悲しいことに、真面目で責任感の強い人ほど、「ブラック企業」に利用されてしまうのです。
「ブラック企業」に搾取されないために
今野:ここまで、ブラック企業の洗脳・搾取の手口をご紹介してきましたが、「ブラック企業」に取り込まれないためにはどうすればいいのでしょうか。
理想をいえば、「ブラック企業」に入社しないのが一番。しかし、入社前から「ブラック企業」だとわかるケースばかりではありません。インターネットで企業の情報を収集しようとしても、情報は玉石混淆であり、真偽もよくわからないのが実情です。
そこでおすすめするのが、応募から入社までのすべての過程を記録に残しておくこと。求人広告や募集要項、就業規則、雇用契約書など、文書で確認できるものはすべてコピーか写真を撮っておきましょう。面接などで受けた説明は、内容をメモに残しておくことです。
その上で、たとえば「入社前は週休2日と言っていたのに週休1日だった」「研修期間中も賃金がフルに支払われると説明を受けたのに、全額支払われなかった」など、「聞いていた話と違う」と思うことがあったら要注意です。
「ブラック企業に入社してしまったかもしれない」と思っても、個人でアクションを起こすことはおすすめできません。個人の力で労働問題を自分に有利な形で解決するのは、ほぼ不可能だからです。
それに、社員を騙すような会社では未払いの残業代や有給休暇の取得妨害など、何かしら請求できるものがあることも少なくありません。
迷わずに個人加盟の労働組合や労働者側の弁護士など、労働問題の専門家に相談することをおすすめします。私たちNPO法人POSSEにも気軽に相談を寄せていただきたいと思います。
取材・文/盛田栄一
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この記事の話を聞いた人
NPO法人POSSE代表
今野晴貴
1983年仙台市生まれ。一橋大学大大学院社会学研究科博士課程修了。ブラック企業対策プロジェクト共同代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。『ブラック企業』で2013年流行語大賞トップテン受賞。著書に『ブラック企業−−日本を食いつぶす妖怪』(文春新書)など多数。