「やりたいこと」はなくてもいい 誰でも天職が見つかるただひとつの近道
「やりたいことを仕事にするのがいいこと」と考える人は少なくないはず。でも、「やりたいことない人」はどうしたらいいのでしょう。
「やりたいことがない人」が天職を見つけるにはどうしたらいいのか、人事とキャリアのプロ、曽和利光さんに聞きました。
「やりたいことがない」と悩むのは自然なこと
曽和:多くのキャリア相談を受けたり、企業の人事担当者から話を聞いたりしていると、「今の仕事を続けていていいのか」「他に自分に向いている仕事があるのでは」といったモヤモヤを抱えている若手社員が多くいることを感じます。
曽和:日本の学校教育では職業教育を受けたり、将来のキャリアについて考えたりする機会がほとんどないため、就活のタイミングで初めて自分の「やりたいこと」や「就きたい職業」について考えるのが一般的です。
言葉を選ばずに言えば、ほとんどの人が即席の「やりたいこと」を探して就職するわけですから、いざ働き始めたものの入社前に抱いていた職場のイメージと現実とのギャップを目の当たりにして、「思っていた仕事と違う」とか「本当にこの仕事でいいのか?」と考えてしまうのも当然といえば当然のことでしょう。
その結果、「自分は何がやりたいのか」「自分の天職って何だろう」という悩みを抱えることになっても何ら不思議はありません。
曽和:ですが、焦る必要はありません。採用担当として2万人以上と面接した私の経験から言えば、最初から「やりたいこと」を仕事にしているのは少数派で、せいぜい全体の1〜2割程度です。それも、たいていはデザイナーや技術者といった非常に専門性の高い領域の人に限られています。
ほとんどの人は、社会人になって何年か働いてみて「もしかしたらこれが自分のやりたいことかもしれない」と、ようやく自分の「やりたいこと」を見つけるものです。
20代のうちは「やりたいこと」がなくても何も問題はありませんし、むしろ、必要以上に「やりたいこと探し」にこだわらず、「今の自分には明確なやりたいことなどない」と開き直ることこそ天職を見つける近道だと私は考えています。
「やりたいことがない人」が天職を見つけるには?
「WILL」「CAN」「MUST」の3つの視点で考える
曽和:では、なぜ「やりたいことがない」と開き直ることが天職を見つける近道なのでしょうか。ここでご紹介するのは「WILL」「CAN」「MUST」の3つの視点を使った考え方です。
「WILL」は「やりたいこと」、つまり志向や価値観のことです。「CAN」は「できること」、つまり能力やスキルのこと。そして、「MUST」は「やらねばならぬこと」、つまり仕事そのものです。
「やりたいことを仕事にする」のがいいという風潮から言えば、「WILL→CAN→MUST」、つまり「やりたいことを、できるようにして、仕事にする」という流れが理想的なように思えます。
曽和:ですが、そもそも自分の「やりたいこと」が「できること」だとは限りません。良いキャリアを構築するには、適性のある仕事に就いて粘り強く努力を積み重ねることが必要ですが、自分が「やりたいこと」に必ずしも適性があるとは限らないのです。
むしろ、社会経験の浅い若手のうちに、自分の適性を見極められる人はほとんどいないでしょう。たとえば、マーケティングの仕事に憧れていたとしても、本当は経理の仕事に向いているということは当然あり得ることです。
そう考えると、天職を見つけるには「できることを仕事にする」ほうが近道と言えるのではないでしょうか。つまり「CAN→MUST→WILL」、言い換えれば「できることを、仕事にすると、やりがいが生まれる」という流れです。
なぜ「できること」を仕事にすると天職になるのか
曽和:私が新卒で入ったリクルートには、「何かやりたいけど、その何かがわからない」という人が集まっていました。その中で、やりたいことがわからない人が、たまたま与えられた仕事にどっぷりハマって天職となっているケースをたくさん見てきました。
人は誰しもが、自分のポテンシャルをもって人や社会の役に立ちたいという自己実現・貢献欲求を持っています。そこで、「できること」を仕事にすれば成果が出て褒められる、褒められると嬉しくなり、それが「やりたいこと」になっていくのです。
曽和:そして各々の「できること」については、たとえば上司や先輩など周りの人たちが「この仕事が向いているのでは?」とヒントをくれる場合もありますし、経験を重ねていくうちに自分でもどんな仕事に適性があるのか徐々に見えてくるものです。
だからこそ、自分の適性がわからない若手のうちは、与えられた目の前の仕事をまずは受け入れて、前向きに取り組んでみればいいと言えるのではないでしょうか。
20代のうちに「できること」を最大化しておこう
20代はいわば「能力開発期間」
曽和:もうひとつ知っておいてほしいのは、能力開発の観点についてです。新しいことを学習したり身につけたりする能力を流動性知能といいますが、この流動性知能は20代をピークにして年齢とともに下がっていくといわれています。
つまり、20代のうちにどれだけ新しいことを学べるかが、職業人生においては重要な意味を持っているのです。いわば20代は「能力開発期間」であり、将来、仕事で成果を出すための基礎的な力を身につけるべき時期と言えるでしょう。
曽和:にもかかわらず、「やりたいこと」にこだわって「ここでは自分のやりたいことができない」と早期退職を繰り返したり、周りが新しい仕事に挑戦するチャンスを与えてくれるのに「それは自分のやりたいことではない」と頑なになってしまったりすればどうなるでしょうか。
結局は仕事の能力が身につかないまま、年齢だけを重ねてしまうことにもなりかねません。それでは天職を見つけるどころか、転職さえできなくなってしまうでしょう。
偶然のチャンスをつかむことでキャリアが切り拓ける
曽和:実はキャリア理論の観点からも同様のことが言えます。以前はキャリア理論の世界でも、できるだけ早い段階で「やりたいこと」や「キャリアの軸」を決めて、その軸にしたがって能力を開発していけば良いキャリアを積み重ねることができると考えられていました。
ですが、今はその考え方は大きく変わっています。
現在、主流となっているキャリア理論の一つにスタンフォード大学のジョン・D・クランボルツ教授が提唱した「計画された偶発性理論」があります。これは、「個人のキャリアの8割は偶発的に決定される」という考え方で、偶然の出会いや出来事からチャンスをつかんでいけば良いキャリアを構築できるというものです。
曽和:「やりたいことがない」のは、何事にもとらわれず、偶然訪れたチャンスを咄嗟につかみとることができるオープンマインドの状態です。そう考えれば何も悪いことではありません。
今、明確な「やりたいこと」がないのなら、むしろ「やりたいこと」がないほうが良いキャリアを切り拓くことができると考えみてはどうでしょうか。そして、いつか巡ってくる「偶然のチャンス」をつかみ取るための力を養っておけばいいと思います。
このように能力開発やキャリア理論の観点から見ても「やりたいことがない」人こそ、将来の「やりたいこと」に備えて若手のうちに「できること」を最大化させるのがベストなのです。
転職を考えるべきタイミングとは?
曽和:20代は「能力開発期間」とお伝えしましたが、能力開発には一定の時間が必要です。ですから、目に見える成果を出せるようになるまでには「仕事がつらい」とか「仕事に飽きてしまった」と感じることもあるはずです。
ですが、20代のうちは「今の仕事がつらい」「仕事に飽きてしまった」からといって、すぐに転職に結びつけるのはおすすめできません。
もちろん、ブラック企業のような場所で心身の健康を損なうような働き方をしている場合は別ですが、そもそも仕事が「つらい」「飽きた」と感じている状態では、完全に仕事が身についたとは言えないからです。
心理学では「処理の自動化」といって、無意識に作業ができて初めて「能力が身についた」と考えられています。つまり、処理の自動化が達成されて「仕事が楽だ」と感じる状態になってこそ「能力が身についた」と言えるのです。
曽和:このような状態になれば快適に仕事ができますが、実は「成長が止まっている状態」である可能性もあります。ですから、「楽に仕事ができる」状態になったときこそが、部署異動や転職によって現状を変えることを考えるべきタイミングと言えるでしょう。
逆に、どれだけ真剣に取り組んで努力を重ねても思うようにいかない、できるようにならないという場合には、「そもそも適性がない」「能力的にミスマッチである」など、何らかの理由があると考えられます。
そのようなミスマッチな仕事に就いている場合、つまり今の仕事が「WILL(やりたいこと)」でも「CAN(できること)」でもない場合には、その仕事を無理に続ける必要はないと思います。
まずは上司に相談して異動希望を出す、異動がむずかしいようなら転職を考えるといった方法で現状を変えることを考えてみましょう。
▼転職で「自分に合う仕事」は見つかる?
「やりたいこと」よりも「貢献できる」ことを探そう
曽和:「やりたいことがない人」が天職を見つけるにはどうしたらいいのか考えてきましたが、厳しい言い方をすれば自分の「やりたいこと」だけにこだわる人は非常に利己的な人だと言えるかもしれません。何よりも「自分」を優先しているとも言えるからです。
ですが、前述した通り、人は他者や社会の役に立ちたいという自己実現・貢献欲求を持った生き物です。だからこそ、「できること」を仕事にすれば成果が出て褒められる、褒められると嬉しくなり、「できること」が「やりたいこと」になっていくのです。
そう考えれば、自分が「やりたい」かどうかではなく「何ができるか」、自分はどんなことで周囲の人や社会に貢献できるのかという視点で考えてみることが、天職を見つけるひとつの近道と言えるのではないでしょうか。
取材・文/いしかわゆき(@milkprincess17)
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この記事の話を聞いた人
人事コンサルタント
曽和利光
株式会社人材研究所 代表取締役
京都大学教育学部教育心理学科卒業。リクルート、ライフネット生命などで人事・採用部門の責任者を務め、主に採用・教育・組織開発の分野で実務やコンサルティングを経験。人事歴約20年、これまでに面接した人数は2万人以上。著書に『人事と採用のセオリー』(ソシム)、『日本のGPAトップ大学生たちはなぜ就活で楽勝できるのか?』(星海社、共著)など多数。