正規の仕事に就けるのは半分?! 博士の就職事情~就職難の理由から進路まで

末は博士か大臣か――。かつては国を動かす大臣とともに立身出世の象徴とされてきた博士。しかし最近では、こうした言葉もめっきり聞かれなくなりました。昔と比べて博士課程に進む人が増えたことに加え、博士課程を修了しても仕事に就くのが難しく、もはや博士は憧れの存在ではなくなってしまったようです。

ここでは、就職難にあえぐ博士の現状とその背景、そして専攻分野ごとの傾向について、データをもとに説明していきます。

多くの博士が就職難にあえいでいる

博士の就職難が広く社会に知られるようになったのは、2006年にある雑誌が、一流大学や大学院を卒業したのにニートや非正規労働を余儀なくされている人を「学歴難民」として特集したのがきっかけでした。

それから10年以上たちますが、今も「高学歴ワーキングプア」という言葉がよく使われるように、博士の就職は依然として厳しい状況が続いています。

正規雇用への就職率は学部や修士よりも低い

実際のところ、博士の就職難はどれほど深刻なものなのでしょうか。

下のグラフは、2018年の春に大学院の博士課程や修士課程を修了したり、大学を卒業したりした人の進路を示したものです。3つのグラフを見比べてみると、博士課程を修了した人の就職がいかに難しいかがよく分かります。

「博士課程修了者の進路」を示した円グラフ。正規雇用:53.3%、非正規雇用:14.4%、一時的な職:6.0%、就職も進学もしていない:18.8%、その他:6.9%、進学:1.1%。

「学部修了者の進路」を示した円グラフ。正規雇用:72.9%、非正規雇用:3.2%、一時的な職:1.6%、就職も進学もしていない:7.8%、その他:3.5%、進学:11.0%。「修士修了者の進路」を示した円グラフ。正規雇用:75.1%、非正規雇用:3.1%、一時的な職:1.4%、就職も進学もしていない:9.5%、その他:2.0%、進学:9.2%。

学校基本調査(文部科学省)」(2017年度)を基に作成

まず目を引くのは、正規雇用の割合です。博士課程修了者のうち正規雇用の仕事に就くことができた人の割合は53.3%。全体の半数程度にとどまっており、学部卒の72.9%、修士課程修了の75.1%を大きく下回っています。

逆に、非正規雇用の仕事に就いた人の割合は博士課程修了者の方が高く、学部卒の3.2%、修士課程修了の3.1%に対し、博士課程修了は14.4%。アルバイトなど一時的な仕事に就いた人も博士課程修了では6.0%と突出しています。

博士課程を修了した人の2割以上は、仕事が見つかっても不安定な状態に置かれているということになります。

2割の博士がニートを余儀なくされている

さらに注目すべきは「進学も就職もしていない」という人たちの存在です。

学部卒や修士課程修了では10%程度にとどまっていますが、博士課程修了では18.8%に上っています。こうした人の大半は無職とみられており、博士課程を出た人の2割程度はニートとしての生活を余儀なくされているのです。

下のグラフの通り、景気の回復に伴って正規雇用への就職率は学部卒、修士課程修了ともに年々着実に上昇していますが、博士課程修了者は蚊帳の外。ここ数年は50%程度で停滞しており、依然として厳しい状況が続いています。
「学部・修士・博士それぞれの修了者の正規雇用への就職率の推移」を示したグラフ。学部卒は2014年は65.9%→2017年は72.9%。修士修了者は2014年は71.3%→2017年は75.1%。博士修了者は2014年は50.3%→2017年は53.3%。

なぜ博士の就職は難しいのか

優秀な人材とされる博士が、なぜここまで就職に苦しんでいるのでしょうか。その背景には、国の政策により博士課程修了者が急激に増えたことと、その一方で大学や研究機関のポストは増えず、民間企業も博士課程修了者を積極的に採用してこなかったことがあります。

博士は増えたのに大学や企業の側に需要がなく、そのギャップが多くの博士を安定した職につけなくしてしまったのです。

90年代以降、急激に増えた博士

下のグラフは、博士課程の入学者数と修了者数、在籍者の推移を示したものです。いずれも、1990年代から2000年代前半にかけて急激に増加していることが分かります。

「博士課程入学者・修了者・在学者数の推移」。1965年は入学者:3551人、修了者:2061人、在籍者:11683人。90年代以降一気に数が増え、2000年の入学者:17023人、修了者:12375人、在籍者:62481人。直近の2016年は入学者:14972人、修了者:15773人、在籍者:73851人。2017年は入学者:14766人、修了者:15658人、在籍者:73909人だ。

1991年、当時の文部省(現在の文部科学省)は、大学審議会(文部大臣の諮問機関)が出した「大学院の整備充実について」「大学院の量的整備について」という2つの答申(意見)に基づき、1991年から2000年までの10年間で大学院生を2倍に増やすという目標を打ち出しました。

1991年はちょうど、バブル景気が崩壊した年でもあります。将来の国の成長を科学技術に求めた国が、それを支える研究者を大量に育成しようとしたのです。

文部省の目標を受けて、全国の大学は大学院の定員を大幅に拡充しました。その結果、博士課程に在籍する学生は急速に増加し、1990年の2万8,354人から2000年には2.2倍の6万2,481人にまで増えました。文部省の目標は達成され、今では毎年1万5000人程度の博士が生まれるまでになりました。

と、ここまではよかったのですが、大量に生まれた博士はその後、深刻な就職難にあえぐことになります。国は博士を増やしておきながら、博士が活躍できる場を十分に用意することをしませんでした。大学や研究機関にも、民間企業にも居場所のなくなった多くの博士が、行き場を失ってさまようことになってしまったのです。

博士が増えても大学のポストは増えなかった

博士の活躍の場としてまず考えられるのが、大学などの研究機関です。

実際、博士課程まで進む人の中には、修了後もアカデミアの世界に残って研究活動を続けたいと考えている人がたくさんいます。

かつては博士課程を修了すると、大学や研究機関に就職し、大学教員や研究者としてのキャリアを積んでいくのが一般的でした。しかし、こうしたキャリアを歩める人もいまや限られた人だけ。急激に増えた博士を吸収できるほどのポストが、大学や研究機関にはないのです。

博士課程修了者数と大学教員採用数(新規博士課程修了者)の推移グラフ

※文部科学省「学校基本調査」「学校教員統計調査」を基に作成

上のグラフは、博士課程の修了者数と、新規に博士課程を修了した人が大学教員として採用された数の推移を示したものです。

博士課程修了者数は急激に増えた一方、教員採用数は増えず、最近ではむしろ減少傾向にあることが分かります。少子化により大学入学者数が頭打ちになってきたことに加え、国立大学の法人化により大学が経営の効率化を迫られたことなどが背景にあると考えられます。

2015年3月に博士課程を修了して就職した人のうち、大学教員になれたのは24.6%にとどまります。この中には、任期付きの助手や講師といった非正規雇用の人たちも含まれていますので、大学教員として正規雇用された人の割合はもっと低いと考えられます。

少子化はこれからさらに進むため、大学のポストが増える見込みは今後もありません。大学教員は、もはや博士の一般的なキャリアとは言えなくなってしまいました。

民間企業も多くは「博士を採用する必要はない」

民間企業への就職も簡単ではありません。不合格通知を持つ男性

文部科学省の「民間企業の研究活動に関する調査」(2016年度)によると、2015年度に博士課程修了者を採用した企業はわずか6.2%でした。少し古い数字ですが、2007~2011年の過去5年間に1度でも採用した企業も24.8%にとどまり、残る69.8%は1度も採用したことがありませんでした。

同じ調査で、過去5年間に博士課程修了者の採用実績がない企業に博士課程修了者を採用していない理由を尋ねると、最も多かったのは「採用する必要がない」(61.9%)。さらに細かく理由を聞くと、58.0%の企業が「自社の研究者の能力を高めるほうが、博士課程修了者を採用するよりも効果的」、57.2%が「特定分野の専門的知識を持つが、企業ではすぐに活用できない」と答えています。

また、博士課程修了者の採用実績がある企業を対象に文部科学省が行ったインタビュー調査(民間企業における博士の採用と活用)では、企業側は博士課程修了者の研究能力の高さを評価している一方、コミュニケーション能力の低さや博士課程修了者の質の低下などを指摘する声も少なくありませんでした。

こうしたことから考えると、博士課程修了者に対して企業側が抱いているイメージは「視野が狭く即戦力に欠け、実務上の資質にも不安がある」といったところでしょう。必ずしも正しい見方ではないかもしれませんが、こうしたイメージが企業側に博士課程修了者の採用をためらわせていると言えます。

大学や研究機関のポストが増える見込みがない以上、博士の就職問題を解決するためには民間企業での受け入れが不可欠です。しかし、大半の企業は博士の採用には積極的ではありません。最近では、博士課程修了者に限定した採用枠を設ける企業も出てくるなど、企業側の姿勢も徐々に変わりつつあるようですが、就職難を改善するほどに至っていないのが現状です。

不安定な身分で研究を続ける「ポスドク」

正規の仕事に就けない博士課程修了者の中には、「ポストドクター」(ポスドク)として大学や公的研究機関に所属し、研究活動を続ける人もいます。

ポスドクとは、大学や公的研究機関に任期付きで採用されている研究員のことで、「博士研究員」とも呼ばれます。文部科学省の調査「ポストドクター等の雇用・進路に関する調査(文部科学省)」によると、2015年度は1万5910人が大学や公的研究機関にポスドクとして在籍していました。学校基本調査(文部科学省)」によると、2017年春に大学院博士課程を修了した人の中でも、全体の約9.3%にあたる1454人がポスドクになっています。

ポスドクの任期は3~5年程度が一般的で、任期が来ても正規の研究員として採用される保証のない不安定な状況に置かれています。正規雇用への転職も難しく、任期が切れるたびに大学や研究機関を渡り歩いてポスドクを続けている人も少なくありません。

専門分野によって事情はさまざま…専攻別 博士の進路

ここまでは博士課程修了者全体の状況を見てきましたが、専攻分野ごとに細かく見ていくと、その就職事情はさまざまです。

どんなことを学んだ人がどんな仕事に就いているのか、主な専攻分野ごとに博士課程修了者の進路をまとめました。

専攻別博士の進路

※文部科学省「学校基本調査」(2015年度)を基に作成

保健…正規雇用率は最高。6割は医師・歯科医師・薬剤師に

2015年春に博士課程を修了した人の3分の1を占める保健分野。医学を学んだ人が大半で、ほかに歯学や薬学といった分野が含まれます。

保健分野を専攻した人のうち正規雇用の仕事に就いた人の割合は67.6%と、主な専攻分野では最も高くなっています。非正規雇用を含む就職先としては「医療業・保健衛生」が約6割を占め、職業としては、やはり医師や歯科医師、薬剤師になる人が約6割と最も多くなっています。
それ以外では、大学教員になる人が2割程度、民間企業や研究機関の研究者になる人が1割います。

工学…正規雇用率は56%。技術系への就職が目立つ

保健に次いで博士課程修了者数の多い工学分野。正規雇用の仕事に就いた人の割合は56.1%と、こちらも保健に次いで高くなっています。大学や企業の推薦により民間企業に就職しやすいという、工学系ならではのメリットも比較的高い就職率を支えているようです。

職種としては研究者が35.6%と最も多く、製造技術者(開発)20.2%、大学教員17.5%と続きます。製造技術者のほか、情報処理・通信技術者や建築・土木・測量技術者など、技術系の職種への就職が目立つのが特徴です。

理学…理系では最低の正規雇用率。大学教員は狭き門

数学、物理、化学、生物などが含まれる理学分野。日本人ノーベル賞受賞者24人(アメリカ国籍取得者を含む)のうち物理学賞は11人、化学賞は7人を数え、日本のお家芸とされてきた分野ですが、就職という面から見ると厳しい状況にあります。理学分野の博士課程修了者で正規雇用に就いた人の割合は38.9%と理系では最低。特に大学教員になった人は9.6%と、ほかの専攻分野と比べると突出して低くなっています。

職種としては研究者が52.1%と半数を超え、次に多いのが開発職で13.2%。業界別では研究機関と学校教育がそれぞれ3割程度で、2割が製造業の仕事に就いています。

農学…7割が研究者か大学教員に。民間企業の間口は狭い

正規雇用への就職率は理学に次いで低く、46.4%と半数を下回っています。
職種別では、およそ5割の人が研究者に、2割の人が大学教員になっており、合わせると全体の7割に上ります。業界別では55%が研究機関や学校教育に進んでおり、製造業への就職は1割程度。

博士課程修了後も研究活動を続ける人が多い一方、民間企業への間口は狭いのが、農学分野の特徴と言えるでしょう。

人文・社会…理系以上に厳しい就職。3割が就職も進学もせず

理系以上に就職が難しくなっているのが、人文科学、社会科学などの文系博士。正規雇用への就職率は人文で20.5%、社会で37.7%にとどまり、進学も就職もしていない人の割合も人文32.1%、社会26.7%と博士課程修了者全体の18.9%を大幅に上回っています。

職種としては大学教員になる人が最も多く、人文で43.0%、社会で47.2%。一方で、研究者となる人は1割程度にとどまります。理系と違い、そもそも大学以外の研究機関や民間企業での研究者ポストが少ないことが影響しています。

就職難の解決につながる? 博士を積極採用する企業が出てきた

ヤフーが採用枠新設、製薬業界でも高まるニーズ

面接中の採用希望者

これまで博士課程修了者の採用に消極的だった民間企業ですが、最近になって博士課程修了者に限った採用枠を設ける企業が出てきました。

総合商社の三井物産は2015年、博士課程の新卒者に限った採用活動を始めました。募集職種は総合職で、専攻分野も不問。すでに募集は締め切っており、再び募集が行われるかどうかも明らかではありませんが、これまでにはなかった珍しい取り組みとして注目を集めました。

インターネットサービスのヤフーも2015年、ビッグデータを活用した研究を進めるため、博士号取得者やポスドクに限った採用枠を設けました。毎年20人程度の博士号取得者やポスドクの採用を目指して採用活動を行うようです。
採用された博士号取得者とポスドクは、ヤフーのビッグデータを活用して「自然言語処理」や「機械学習」など11の分野の研究に携わるといいます。研究成果は自社の人口知能技術や広告技術などへの導入に加え、学会発表を通じて他の企業や研究機関との技術分野での連携拡大につなげていくそうです。

製薬業界でも博士号取得者のニーズが高まっているようです。
製薬業界というと研究職や開発職をイメージしがちですが、最近、博士号取得者やポスドクのキャリアとして注目されているのが、メディカルサイエンスリエゾン(Medical Science Liaison、MSL)という職種。メディカルアフェアーズ(Medical Affairs、MA)とも呼ばれるこの職種は、専門医への情報提供を中心に、製品開発に関するエビデンスの構築などに携わります。高い科学的知識が求められ、生物系を中心に需要が高まっています。

製薬業界への就職について詳しく知りたい博士号取得者の方は、製薬業界専門の求人サイトや人材紹介会社を使って情報収集してみてはいかがでしょうか。

転職hacksを運営する(株)クイックの「Answers」も、製薬業界に特化した人材紹介会社。下記の記事では、博士号取得者の就職市場環境や、博士方取得者が活躍できる職種、具体的な求人例をご紹介しています。

「ポスドクの経験/Ph.Dの学識を活かして企業で働く」-Answers(アンサーズ)-

大学もキャリア開発に力を入れている

博士人材を輩出する大学の側も、就職難に手をこまねいているわけではありません。

文部科学省は、博士課程の学生やポスドクのキャリア開発を支援する事業を行っています。この事業には全国の33大学が参加しており、大学ではキャリア形成を考える講義や個別面談による就職相談、企業を招いての就職説明回など、さまざまな支援を受けることが可能になっています。

事業に関する情報は「博士人材キャリア開発サイト」で入手することができます。シンポジウムなどのイベントの開催情報も掲載されているので、参考にしてみてください。 

まとめ

博士の就職難は今も深刻な状況です。しかし、最近では博士課程修了者を積極的に採用する企業が出てくるなど、企業側の姿勢もわずかではありますが変わりつつあるようです。

就職難の原因は国や企業だけでなく、研究職にこだわり続ける博士の側にもあるはず。研究職に限らなければ、博士課程修了者を受け入れてくれる企業もありますし、研究経験を生かす道は研究職だけとは限りません。
幅広い職業に目を向け、自身のキャリアを考えることが大切です。