一度なったら抜け出せない?! 今も深刻な「ポスドク問題」

「博士が100人いる村」という話をご存知でしょうか? 日本の大学院博士課程修了者を100人の村にたとえ、博士課程を修了した人がどんな道に進むのかを描いた作者不明の創作童話です。

その中で「教授になれる可能性を秘めたエリートの卵」と紹介されていたのが「ポスドク」。しかし、本当に教授になれるのはほんの一握りで、それどころか民間企業への就職さえ難しいというのが現実です。

ここでは、任期付きという不安定な身分で研究活動を続けるポスドクの現状と転職事情について説明していきます。

不安定な身分、将来展望も描けない

「ポスドク問題」とは

ポストドクター(ポスドク、博士研究員)とは、大学院の博士課程を修了したあと、大学や研究機関で任期付きの職に就いている研究員のことです。

任期制という雇用形態上、ポスドクは非常に不安定な身分に置かれています。業績を上げることができなければ任期切れとともに雇い止めとなることも少なくありませんし、次の仕事がすぐに見つかる保証もありません。ポスドクは、次に進む道を探しつつ研究を続けていかなければならず、しかも「いつ無職になってもおかしくない」というプレッシャーにさらされているのです。

ポスドクは、欧米では正規の研究職に就く前のトレーニング期間として定着しています。博士課程を修了した研究者はポスドクとして1、2カ所の大学・研究機関で経験を積んだあと、大学や研究機関の正規職員となって自分の研究を続けたり、民間企業の研究職に就いたりするのが、研究者としての一般的なキャリアパスとなっています。

しかし、日本ではこうしたキャリアパスが十分に整備されていないのが現状です。1990年代以降、科学技術の振興を目指した国の方針により各大学は大学院の定員を大幅に増やし、それに伴って博士課程に進む人も急激に増えました。しかし、博士課程修了者の主な就職先となる大学や研究機関のポストは増えず、民間企業も採用には消極的。この結果、就職のできない多くの博士課程修了者が生まれてしまいました。

日本のポスドクは事実上、こうした就職のできない博士課程修了者の受け皿として機能してきました。しかし、とりあえずポスドクになって当面の働き口を確保したとしても、就職状況が変わることはありません。次に進むべき道がなく、ポスドクを続けざるを得ない…。博士課程を修了した優秀な人材が、将来展望も描けず、不安定な身分のままさまよい続けている、これがいわゆる「ポスドク問題」です。

ポスドクは日本に1万5,500人。平均年齢は上昇傾向

日本国内のポスドク人口は2018年度調査で1.55万人。平均年齢は37.5歳と年々上昇中。

日本には、一体どれくらいのポスドクがいるのでしょうか。

文部科学省の科学技術・学術政策研究所の調査(ポストドクター等の雇用・進路に関する調査)によると、2018年度にポスドクとして国内の大学や研究機関で研究活動に従事していたのは延べ1万5,590人。調査上で最も多かった2008年度と比べると2,000人程度減ってはいますが、今でも毎年、一定の博士課程修了者が新たにポスドクの道に進んでいます。

※調査方法の変更により、2008年度以前と 2009年度以降を厳密に比較することはできない。

2018年度のポスドクの平均年齢は37.5歳(男性37.2歳、女性38.1歳)。2015年度の調査と比べ男女ともに平均年齢は上昇しています。正規の仕事に就けずにポスドクのまま年齢を重ねていく「高齢ポスドク」の存在が、データからも明らかになっています。

分野別では生物が最多。「バイオ系」の就職難を反映

専門分野ごとに見るとどうでしょうか。

少し古いデータになりますが、2018年11月時点で大学や研究機関に所属していたポスドクを専門分野ごとに見てみると、理学が最も多く全体の36.8%を占めています。中でも、生物を専門とするポスドクの割合が突出しており、理学のポスドクの32.1%に及んでいます。

【ポスドクの専門分野】理学/工学/保健/能楽/人文/社会<理学の内訳>割合(%)生物/32.1/物理/21.1/化学/13.9/情報科学/9.6/数学/5.6/地学/5.3/その他/12.4 ※参考:ポストドクター等の雇用・進路に関する調査(2018年度)-文部科学省 科学技術・学術政策研究所

専門分野別のポスドクの数を2015年と比べると、分野率の大きさに変化はなく、理学が最も多く、次いで工学となっています。理学分野はほかの分野と比べて正規雇用の仕事に就くのが難しく、中でも農学などとあわせて「バイオ系」と呼ばれる生物の就職状況は特に厳しいと言われています。こうしたことが、理学、とりわけ生物を専門とするポスドクの多さに表れています。

1割が無給、3割が社会保険なし…ポスドクの待遇

ポスドクをめぐっては、その身分の不安定さも去ることながら、給与や社会保険といった待遇の不十分さも指摘されています。

ポスドクの待遇についてまとめた図。ポスドクの平均月給は30.6万円、10人に1人が給料なし、3人に1人が社会保険なし。

少し古いデータになりますが、文部科学省の科学技術・学術政策研究所が2007~2008年に約1,000人のポスドクを対象に行ったアンケート調査(ポストドクター等の研究活動・生活実態に関する分析)によると、ポスドクの平均月給は税込みで推定約30万6,000円。最も高かった工学分野は約33万円だった一方、人文・社会科学分野は約21万3,000円で、10万円以上の開きがありました。

調査対象者の8割が30歳以上だったことを考えると、ポスドクの給与水準は決して高いとは言えません。調査対象者の半数は月給30万円未満で、20万円に満たない人も1割程度いました。実際、ポスドクの収入だけで生活しているのは全体の8割にとどまり、残る2割はアルバイトなど何らかの手段で収入を補いながら生活していると考えられます。

中には所属先の大学や研究機関と雇用関係を結ばず、無給で研究活動を行っているポスドクもいます。2018年度に国内の大学や研究機関に所属していたポスドクの13.3%は所属先と雇用関係がありませんでした。こうした人の大半は無給と考えられ、しかもその割合は増加の傾向にあります。

また、ポスドクは社会保険(年金、健康保険)が不十分なケースも少なくありません。2018年度では34.1%のポスドクが所属機関の負担による社会保険がありませんでした。

【2018年度「ポストドクター等の雇用・進路に関する調査」】雇用関係あり/86.7%/雇用関係なし/13.3%/社会保険あり/65.9%/社会保険なし/34.1%

※参考:ポストドクター等の雇用・進路に関する調査(2018年度)-文部科学省 科学技術・学術政策研究所

研究環境も十分とは言い難い部分があります。少し古いデータではありますが、2008年の科学技術・学術政策研究所のアンケート調査によると、35%のポスドクは所属先から自分専用のパソコンを用意されておらず、特に国公立大では半数のポスドクに専用のパソコンがありませんでした。所属先の機関から身分証明(ID)をもらっていないポスドクが18%いたほか、研究には欠かせないはずの図書館の利用資格がないポスドクも6%いました。

こうしたことから、ポスドクという道を選択したことに満足しているポスドクは半数を下回り、雇用条件については4割が不満と答えています。生活全体に対する満足しているポスドクも45%程度にとどまっています。

正規雇用の仕事に移れるのは年間わずか6%

このように、身分も不安定で待遇も決していいとは言えないポスドク。しかし、そこから抜け出して正規雇用の職を目指そうにも、なかなか難しいのが現状です。

中高卒よりも低い正規雇用への移行率

下のグラフは、文部科学省の科学技術・学術政策研究所が行った「ポストドクターの正規職への移行に関する研究」を基に作成したものです。2009年度のポスドクを対象にした研究で、少し古いデータにはなりますが、これを見ると、ポスドクが正規雇用の仕事を得るのがいかに難しいかが分かります。

ポスドクの正規職への移行率比較グラフ

※参考:ポストドクターの正規職への移行に関する研究-文部科学省 科学技術・学術政策研究所

この研究によると、2009年度に国内の大学や公的研究機関に所属していた全てのポスドクのうち、次の年度が始まるまでに正規雇用の仕事(常勤・任期なし)に移ったポスドクの割合は、わずか6.3%(男性7.0%、女性4.4%)でした。

これを、契約社員や派遣社員といった非正規雇用から正規雇用への移行率を調べた別の調査の結果と比べると、ポスドクの正規雇用への移行率は他の学歴と比べて圧倒的に低く、特に男性では中・高卒の4分の1、大卒以上の3分の1。女性も大卒以上の半分程度にとどまっています。

転職先は大学教員が最多。でも7割はポスドクを継続

2018年度の「ポストドクター等の雇用・進路に関する調査」によると、2018年11月に国内の大学や公的研究機関に在籍していたポスドクのうち71.2%が次の年度もポスドクを続けており(別の大学・研究機関に移った人も含む)、その割合は2015年度の調査と比べて、下降しています。

一方、ポスドクから職種を変更した人は14.5%。変更後の職種として最も多いのは大学教員で、職種変更した人の60.1%を占めます。中でも最も多いのは助教・助手(35.7%)で、以下、講師(10.7%)、准教授(7.1%)、教授(2.2%)と続いています。

【ポスドクの職種変更先】ポスドクを維持/71.2/ポスドクから職種変更/14.5/学生・専業主夫・婦・無職/1.2/不明/13.0<職種変更の内訳>大学教員/60.1/大学教員以外の研究・開発職/19.3/派遣型研究・開発者/0.4/研究補助者・その他技能者/4.0/その他の研究開発職/6.0/非研究・開発職/10.2

※参考:ポストドクター等の雇用・進路に関する調査(2012年度)-文部科学省 科学技術・学術政策研究所

大学教員以外の研究・開発職や派遣型研究・開発者、研究補助者・その他技能者、その他の研究・開発職は狭き門で、職種変更した人に占める割合はそれぞれ19.3%、0.4%、4.0%、6.0%。研究開発とは関係のない仕事に就いた人は10.2%いました。

2015年度の調査と比べると、大学教員になる人の割合は減りました。また、研究開発とは関係のない仕事に就いた人の割合は横ばい状態と言えます。

大学教員になれても…半数はまた任期付きのポストに

ポスドクから別の職種に移ったとしても、それが安定した仕事であるとは限りません。

同じ調査によれば、大学の助教・助手になった人の56.6%、講師になった人の43.6%は任期付き。准教授でも33.6%、教授でも28.6%が任期付きでした。

そうなると、大学教員になれたとしても、任期が切れたらまたポスドクに逆戻り、といったケースもあり得ます。実際、2012年度に国内の大学や公的研究機関に採用された人の8.2%が、採用前は大学教員をしていた人でした。しかもその割合は、2009年度に比べて増えています。

ポスドクから職種を変更した人全体で見ても、35.4%はなおも任期付きの仕事についており、任期のない仕事に就いた人は25.3%にとどまります。ポスドクから抜け出せたとしても、任期のない安定した仕事に就ける人は限られているのが現状です。

アカデミアに残るも民間に転職するも、キャリアの分かれ目は35歳

ポスドクからの職種変更は非常に難しいとはいえ、最近では一部の民間企業でポスドクに限った採用枠を設けるなどなど、徐々に風向きも変わりつつあるようです。残念ながら、大学や公的研究機関のポストが増える見込みはありませんので、ポスドクから別の職に移ろうと思うなら、アカデミアのポジションにこだわらず、民間企業に目を向けていく必要があります。

ただし、ここで注意しなければならないのが年齢です。年齢を重ねるごとに転職が難しくなっていくのは、一般の職業もポスドクも同じ。特に大学の若手研究者ポストと民間企業の研究開発職では、その傾向が顕著になっています。

転職成功者のボリュームゾーンは30代前半

2012年度の「ポストドクター等の雇用・進路に関する調査」によると、次の年度までにポスドクから別の職種に移った人の65.6%が34歳以下。中でも30~34歳が42.3%を占め、35~39歳の22.3%、40代以上の12.1%を大きく上回っています。

ポスドクの職種変更時の年齢別グラフ

※参考:ポストドクター等の雇用・進路に関する調査(2012年度)-文部科学省 科学技術・学術政策研究所

若い年齢層の割合が特に高くなっているのが、民間企業の研究開発職。30代前半以下の割合は79.2%(29歳以下35.8%、30~34歳43.4%)で、およそ8割を占めています。その次には大学の助教・助手が77.6%(29歳以下31.0%、30~34歳46.6%)で続いています。

ここから言えるのは、助教・助手になってアカデミアの世界に残れるかどうかの分かれ目と、民間の研究開発職に転職できるかどうかの分かれ目は、いずれも30代前半だということです。35歳を超えてしまうと、アカデミアのポストに就ける可能性も少なくなり、民間企業への転職も難しくなってしまいます。

「ポスドクとして研究活動を続けてきたが、気付けば30代半ば。大学の助手にもなれないし、諦めて民間企業に転職しようと思ったが、もう遅かった」。残念ながら、こうして行き場を失ってしまい、ポスドクを続けざるを得ないというケースが、現実のものになってしまっています。

アカデミアのポストを目指す人にとっては悩ましい限りですが、ポスドクになった早い時期から自身のキャリアを考え、30代前半までにどういった道に進むか判断することが理想と言えそうです。

一部で高まるポスドクの採用ニーズ、国や大学も就職を後押し

ポスドク問題は依然として深刻ですが、最近、問題の解決につながりそうな動きも出てきました。

一部の業界ではポスドクの採用ニーズが高まってきていますし、国や大学もポスドクの就職を後押しする事業に乗り出しています。

IT、製薬などに採用ニーズ

インターネットサービスのヤフーは2015年、博士課程修了者やポスドクに限った採用枠を設けました。採用された博士課程修了者やポスドクは、ヤフーが持つビッグデータを活用し、「自然言語処理」や「機械学習」など11分野の研究に携わります。ヤフーはこの採用枠で、毎年20人ほどの博士課程修了者やポスドクの採用を目指しています。

製薬業界でもニーズが高まっています。特に注目されているのが、メディカルサイエンスリエゾン(Medical Science Liaison、MSL)やメディカルアフェアーズ(Medical Affairs、MA)という職種です。専門医への情報提供やエビデンスの構築などに携わるこの職種の歴史は日本ではまだ浅く、企業は未経験者でも積極的に採用しています。ライフサイエンスに関する高い知識が求められますので、バイオ系ポスドクは有利と言えます。

製薬業界への就職について詳しく知りたいポスドクの方は、製薬業界専門の求人サイトや人材紹介会社を使って情報収集してみてはいかがでしょうか。

転職hacksを運営する(株)クイックの「Answers」も、製薬業界に特化した転職支援サービス。下記の記事では、ポスドクの就職市場環境や、ポスドクが活躍できる職種、具体的な求人例をご紹介しています。

2016年度から国が「卓越研究員制度」

国もポスドクの就職支援に力を入れています。文部科学省はこれまでも、全国の大学と協力してポスドクのキャリア開発を支援する事業を行ってきました。2016年度にはさらに、若手研究者を雇用したい企業や研究機関とポスドクのマッチングを仲介する事業がスタートしました。

2016年度から文部科学省が始めたのは、その名も「卓越研究員制度」。ポスドクの中から優秀な人材を「卓越研究員」として選び、企業や研究機関とのマッチングを行います。受け入れ企業・研究機関は、任期なしのポストを用意するか、任期付きポストの場合はその後に任期なしのポストに就くための条件を明示しなければならず、若手研究者の雇用の安定化につながると期待されています。

 【卓越研究員制度】・優秀な研究者の新たなキャリアパスを掲示し、若手を研究職に惹きつける。・特定研修大学や卓越研究大学院等において、優れた若手研究者が安定したポストにつきながら、独立した自由な研究環境の下で活躍できるようにするため、「卓越研究員」制度を創設。(「日本再興戦略改訂2015年」(平成27年6月閣議決定)・国立大学においては、「国立大学経営力戦略」等に基づく自己改革を基盤として、若手が活躍できる環境を整備。<概要>・研究分野:人文学、社会科学及び自然科学の全分野・人数:150名程度・支援内容:・1人当たりの研究開発費:2年間で1,200万円を上限として支援。(2年間の配分は自由。ただし、年間800万円を上限。人文学及び社会科学については、2年間で800万円を上限として支援し、年間500万円を上限)※翌年度に雇用開始となり、補助金による支援対象となった場合は2~3年度目/研究環境整備費:年間200万円程度(5年)

まとめ

ポスドクは任期付きという雇用形態上、不安定な身分に置かれ、社会保険も十分に整備されていないなど、待遇もいいとは決して言えません。しかも、正規雇用の仕事に移れる人の割合も低く、一度ポスドクになるとそこから抜け出すのは難しいのが現状です。

とはいえ、最近ではポスドク向けの採用枠を設ける企業も出てきましたし、研究開発以外の職に就くポスドクも増えています。任期の変わり目も意識しながら、アカデミアに残るか、民間企業に進むか、早い時期に判断することが必要です。

この記事の執筆者

「転職Hacks」編集部

株式会社クイック

株式会社クイックが運営する、転職活動にまつわる情報サイト「転職Hacks」の編集部。履歴書・職務経歴書の書き方や面接対策などのノウハウ記事、キャリアの悩みを解消するインタビュー・コラムを掲載中。

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