「労働問題」に強い弁護士に聞く パワハラを理由に退職するときの注意点

パワハラが原因で退職したいと思っても、何かトラブルにならないか不安を感じる人もいることでしょう。

パワハラで退職するときの注意点やトラブルを未然に防ぐ対処法について、実際の事例をもとに労働問題に詳しい鈴木悠太弁護士に解説していただきました。

メーカーで営業職をしています。成績が悪いと上司から「こんなこともわからないなんて、お前はバカか!」「教える時間の無駄だ」などと罵倒されます。

なんとか毎日出社していましたが、精神的にきつく、我慢の限界なので会社を辞めることも考えています。ただ、パワハラの当事者である上司に退職を切り出すのは不安がありますし、退職をすんなり認めてくれるとも思えません。上司や会社と揉めずに辞めるには、どうしたらいいですか?

また、本社やほかの上司にパワハラされていることは伝えるべきでしょうか?自分だけ逃げるように辞めるのは気が引けます。

退職したければ、まずはその意思を伝える

鈴木悠太弁護士(以下、鈴木):「退職したいと思っているが、すんなり辞められる気がしない」との相談ですが、実は退職は法的には難しいことではありません。というのも「いつまでに辞める」と退職の意思表示さえはっきり伝えれば、会社は退職を拒否することはできません。

退職の意思を伝えるときは、退職届などの文書やメールなどで証拠を残しましょう。悪質な会社の場合は、あとから「退職するなんて聞いてない」「辞められたら困る」と言われ、トラブルになることも多いためです。口頭の場合は録音しておくのが安心です。

鈴木:退職を切り出す際、直属の上司に伝えるのが一般的だと思いますが、その上司から被害にあっているなど、伝えることが難しい場合には本社の人事などに直接伝えても構いません

会社が退職を認めてくれない場合は?

鈴木:退職の意思を伝えても会社が「辞められたら困る」「退職は認めない」と退職を引き止めようとするケースもあるでしょう。ただ前提として、民法上では「退職の意思表示から2週間経てば退職は成立する」ので安心して下さい。

とはいえ、会社からパワハラの事実を問われたときや、万が一会社と裁判になったときのためにも、「パワハラを受けていた証拠」を残すことをおすすめします。

具体的な証拠の残し方ですが、例えば相談者の方のように、暴言を吐かれる、罵倒されるなどの言葉によるパワハラの場合は音声を録音するのがよいでしょう。ボイスレコーダーだと遠くの声も確実に拾えますが、スマートフォンなどでも問題ありません。

ただし、意味もなく職場の様子を長時間録音しておくのは、業務情報の漏洩などの観点から望ましくありせん。例えば「毎日17時から2人きりで行う会議で暴言を吐かれる」「毎週月曜日の朝礼でみんなの前で怒鳴られる」など、上司がパワハラを行うタイミングが予想できるのであれば、そのタイミングで録音しましょう

鈴木:録音自体はこっそり行うことをおすすめします。録音がバレてしまうと上司がパワハラにあたる発言をしなくなったり、会社側が退職を妨げるような対応をしてきたりする可能性があるためです。

また「パワハラの言動を証拠に残す」という目的に必要な範囲であれば、こっそり録音すること自体に問題はありません。裁判の場で録音行為自体の合法性が争点になることも、ほぼないと考えて良いでしょう。

パワハラに関する裁判では「精神的な苦痛に対する慰謝料」や「通院にかかる治療費の請求」を争うケースが多いですが、やはり証拠がない限り認定してもらえないので、証拠を残すことは大切です。

パワハラの事実は本社に伝えたほうがいい?

鈴木:「会社にパワハラをされていたことを伝えるべきか」については、労働環境改善の観点から基本的には伝えるのが良いと思います。ご自身が退職することで、新たな人物が加害される可能性もあるためです。

2022年4月からは、大企業だけではなく、中小企業でもハラスメント相談窓口を設けることが義務化されています。上司や人事に伝えることが難しい場合は、まずは相談窓口に相談しましょう。

とはいえ、中小企業など、人数が少なく社員のほとんどが顔見知りのような会社では難しいこともあるでしょう。そのような場合には無理に相談する必要はありません。まずは自身の身と健康を守ることが大事です。

鈴木:ちなみに、パワハラが精神的なものではなく、殴る・蹴るなどの身体的な攻撃になると「暴行罪」「傷害罪」などに該当し、会社としても加害者にはより厳しい対応が求められます。

刑事上の問題にも発展するので、弁護士に相談するとよいでしょう。警察に被害届を出して示談交渉を行うことも考えられます。警察が関与すれば、会社や加害者も真摯に対応することが期待できるでしょう。

またこのような場合、加害者から謝罪と賠償を受ける代わりに、被害届を取り下げるという示談の流れに進むことが多いです。

ちょっと待って!退職せずに済むことも

鈴木:退職を考える悩みの種が「パワハラ」や「行為を行ってくる上司」にある場合、そもそも退職すべきかどうかを考え直しても良いかもしれません。

というのも、パワハラされていることを会社に伝えることで、加害者への処分や異動などの対応を検討する可能性があるためです。実際に私が相談を受けた事例でも、被害者が会社に残る場合には加害者は異動となるケースが多くありました。

鈴木:退職を決めた場合、会社がパワハラを認めたケースでは「会社都合退職」として処理することができ、失業給付が自己都合退職したときよりも、1か月ほど早く受け取れます。また、パワハラを受けて休職や退職に追い込まれた場合には、労災が認められることもあります。

※失業給付:雇用保険の基本手当。離職した人に対して、再就職するまでに国から支給されるお金のこと
※労災:労働者災害補償保険。業務中に生じたけがや病気が原因で働けなくなった時には、休業補償(給付金)が支払われる

さらに「会社都合退職」だった事実は、のちのち会社や加害者と争いになったときや、賠償金などを会社に請求するときの1つの証拠になります。

「退職できない」は専門家に相談を

鈴木:人事や本社に掛け合っても話が進まない場合は、弁護士などの専門家に相談するのも一つの手段です。退職の引き止めや妨害にあっているケースでも、ほとんどの場合、弁護士が間に入ることでスムーズに退職手続きを進められるようになります。

また、パワハラの事実を記載しておきたいなど、個別の状況に合わせて退職届の書き方をお伝えしたり、精神的な負担などで直接会社とのやり取りが難しい場合には退職の意思を代理人として伝える「退職代行」(弁護士の場合「退職代理」ともいう)を行うことができます。

過去には、会社が何かと理由をつけて退職を妨害し、最後には「損害賠償請求をする」と脅してきたケースがありましたが、私が代理人として会社に退職の意思を伝えると、その請求は取りやめになり、相談者の方も無事退職できました。

鈴木:なお、損害賠償をちらつかせて退職を思いとどまらせようとするのは、典型的な退職妨害の手口ですが、よほど特殊な事情がない限りは損害賠償請求が認められることはありません。また、本当に訴えられることは稀なので、脅されたからといって退職の意思を曲げる必要はありません。

先ほどお伝えした通り、退職するのに会社の許可は不要ですが、強引な退職引き止めに遭うなど一人で対応するのが不安な場合には、弁護士などの専門家にご相談ください。

(文:転職Hacks編集部)

この記事の話を聞いた人

弁護士

鈴木悠太

旬報法律事務所

一橋大学卒業、一橋大学院法学研究科修了。人の人生に寄り添う仕事がしたいという思いから弁護士を志す。ブラック企業被害対策弁護団副事務局長、医療問題弁護団幹事などを歴任。年間100件近くの労働事件を扱う労働問題のプロフェッショナル。

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