「辞めるなら100万円払え!」 本当にあった退職引き止めの悪質すぎる手口
さまざまな手を使って、社員の退職を妨害しようとする会社があります。
「辞めさせてくれない会社」の中でも、悪質なケースとその対処法を、弁護士でブラック企業被害対策弁護団の顧問を務める、佐々木亮先生に聞きました。
ケース1|「辞めるなら100万円払え」と言われた
後任に引き継ぎをしてから退職することになりましたが、半年経っても後任の採用が決まりません。そもそも採用活動をしている様子がありません。
(営業職・33歳・男性)
弁護士が教える対処法
これは、ブラック企業で多用される退職妨害(労働者が会社を辞めたいと意思表示したとき、会社がそれを阻止する言動を取ること)の典型的なケースです。
しかし、社員が抜けた時に生じるリスクは企業側が補填すべきもの。「代わりを探してこい」と言われても社員が責任を負う必要はありませんし、採用にかかるコストを負担する義務もありません。
このようなケースでは、迷わずに退職届を出しましょう。脅されても無視して辞める、というのが最善の対処法です。
法的には労働者が辞めることを企業が阻止することはできません。民法では、雇用の期間が定められていない場合は、退職の意思を伝えてから2週間後には辞められると定められています(*)。
(*)雇用期間が決まっている有期雇用の人は、期間途中の場合でも病気などの「やむを得ない事由」があれば退職できます。ただし、その「やむを得ない事由」が当事者の過失で生じた場合は、相手の当事者に対して損害賠償請求ができるとされています(民法628条)。もっとも、労働契約期間の初日から1年を経過している場合は「やむを得ない事由」がなくてもいつでも退職できます(労基法137条)。
大事なことなので繰り返しますが、退職するのに会社の許可は必要ありません。会社を辞めるのは労働者の自由なのです。毅然とした態度で退職の意思を伝えましょう。
それでも会社が妨害をしてくる場合は、専門家に相談するのも選択肢のひとつです。相談先は弁護士だけでなく、行政、労働組合、NPOなどがあります。
ケース2:「親に損害賠償請求する」と言われた
本当に親を訴えられたら…と不安で、退職の話をできずにいます。どうしたらいいでしょうか。
(企画職・30歳・女性)
弁護士が教える対処法
心配せずに辞めてしまって大丈夫です。「損害賠償請求する」というのは退職妨害の典型的なケースですが、親を巻き込むことで退職しづらい心理状況に追い込もうとする悪質なやり方と言えるでしょう。
社員の退職に対して、会社側が損害賠償請求を起こしたとしても、よほど特殊な事情がない限りは、実際に認められるケースはまずありません。多くの場合、本当に訴えてくることはまずないのです。
ただ、過去には実際に訴訟を起こした会社がありました。
有名な事件としては、エーディーディー事件(京都地裁平成23年10月31日)があります。これは、社員の退職によって損害を被ったとして、会社が2034万円もの損害賠償訴訟を起こした事件です。
この事件では、労働者側も反訴して、未払い残業代を請求、全面的に対立しました。判決では、会社の請求は棄却、労働者側の請求が認められました。具体的には、会社に570万円の未払い残業代と、同額の付加金の合計1,140万円を支払うよう命令が出されたのです。
「辞めると損害が生じる」というのは、言いがかりに過ぎません。応じる必要はありませんし、実際に裁判を起こす企業はまれです。迷わずに退職届を出しましょう。
ケース3:退職後に「給料を取りに来い」と呼び出そうとする
「手数料を支払うので振り込みにしてほしい」と依頼しても無視されています。仕事を休んで受け取りに行くしかないのでしょうか。
(技術職・27歳・男性)
弁護士が教える対処法
もともと給料が手渡しで支払われていた場合を除き、このようなケースは、明確な嫌がらせなので応じる必要はありません。労働基準監督署(労基署)を通じて会社に申し出を行えば、ほとんどの会社は振り込みでの支払いに応じるはずです。
会社が給料の支払いそのものを拒否している場合も、まずは労基署に相談してみましょう。それでも会社が応じない場合には、先取得権という担保権を行使して、会社の財産をいきなり差し押さえることもできます。
また、簡易裁判所に支払い督促を申し立てて、裁判所から支払督促をすることもできます。会社から異議が出なければ、判決と同じ効果があります。
この他にも、給料の未払い額が60万円以下であれば、少額訴訟を起こす方法もあります。少額訴訟なら、審理は1回で終わり、その場で判決が出ますし、費用も8,000〜9,000円程度です(ただし、相手が少額訴訟に乗って来ず、通常の訴訟を希望した場合は、通常訴訟になります)。
このように労働者の権利はしっかり守られています。退職妨害を受けた場合は、一人でなんとかしようとせず、労基署に相談をしてみましょう。
ケース4:退職に必要な健康保険・年金の手続きを拒否された
(営業職・28歳・女性)
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これは悪質度の高いレアケースと言えます。健康保険・年金の退職手続きが取られていないと転職先から「正式に退職していないのでは?」と疑われ、最悪の場合、内定取り消しになることもあり得ます。
会社側との話し合いで解決できればいいですが、そもそも嫌がらせが目的なので、このケースのように応じてもらえないことも考えられます。
実際に、弁護士を介して元勤務先へ交渉したものの応じてもらえず、労働審判を起こすことで、ようやく会社が退職手続きに応じた例がありました。
退職の自由は法律で守られています。退職に際して嫌がらせを受けた場合には、迷わず労基署や労働組合に相談しましょう。
労働者と事業主との間で起きた労働問題を、労働審判官1名と労働審判員2名が審理し、迅速かつ適正な解決を図ることを目的とする裁判所の手続き。通常の裁判は1年以上かかるケースが多いが、労働審判は申し立て後3ヶ月以内に判決が下される。
まとめ:退職は自由です
「退職を認めない」と言われても、心配する必要はありません。憲法では、職業選択の自由が保障されています。退職するのに会社の許可は不要、労働者が退職するのは自由だということを知っておいてください。
退職を妨害されたときは、毅然とした態度で応じましょう。もし怖いと感じる場合は、労基署や専門家に相談してください。
取材・文/中村英里(@2erire7)
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この記事の話を聞いた人
佐々木 亮
弁護士(東京弁護士会)。旬報法律事務所所属。日本労働弁護団常任幹事。ブラック企業被害対策弁護団顧問。労働問題を軸に弁護活動を行い、ブラック企業への訴訟を精力的に行っている。著書に『武器としての労働法」(KADOKAWA)がある。
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