「もう限界」と感じているのに… 会社を辞められない人が失うもの5つ

「会社を辞めたい」と思いながらも、「本当に辞めてしまっていいのか…」という不安にとらわれて決断できない人は少なくありません。

そんな不安と向き合って、前向きな一歩を踏み出すにはどうしたらいいのでしょうか。産業医・精神科医として働く人のメンタルケアに取り組む井上智介さんに聞きました。

「辞めるのが不安」と感じるのは当然のこと

井上智介さん(以下、井上):産業医として悩みを抱える人たちの話を聞いていると、「今の会社で働き続けるのがつらい」と思いながらも辞められないという人が非常に多くいることを感じます。

会社を辞めるというのは大きな決断ですから、「辞めてしまっていいのか」という不安や悩みを持つのは当然のことでしょう。しかも、キャリアアップや、やりたい仕事に就くといった前向きな理由ではなく、「仕事がつらい」「会社が合わない」というネガティブに受け取られかねない理由であればなおさらのことです。

井上:それに、人は集団に属することで孤立や不安から逃れたいという欲求をもった生き物です。ですから、会社という集団から離れることに大きな不安を感じるのは、人が本来持っている性質からいえば当然のことなのです。

そんな「本当は辞めたいけれど辞められない」という気持ちと向き合って、前向きな一歩を踏み出すためにはどうしたらいいのでしょうか。

なぜ辞めたいのに辞められないのか

井上:まず、本当は辞めたいと思いながら辞められない理由を具体的に考えてみましょう。

本当は辞めたいと思っているのに辞められない人」に共通しているのは、とても真面目で繊細な人たちだということです。自分に対する評価が厳しく、周囲と自分を比べて「今のままじゃダメだ」「もっと頑張らなきゃ」と考えてしまいがちな人と言えます。

井上:これまでの私の経験から言うと、そんな真面目で責任感が強すぎる人たちが「辞めたいけれど辞められない」と考えてしまう理由は、大きく3つあります。

理由(1)|周りに迷惑をかけてしまう

井上:ひとつめの理由は、「辞めることで周りに迷惑をかけてしまう」というものです。自分が辞めると人手不足になるのではないか、残る人に負担がかかってしまうのではないかと考えてしまい、一歩を踏み出せないのです。

中には、周りも大変な中で自分一人が辞めたら悪者扱いされてしまうのではないか嫌われてしまうのではないかと気にするあまり、つらくても我慢しなければいけないと考えてしまう人もいます。

理由(2)|上司に辞めると言えない

井上:2つめの理由は、「上司に辞めると言えない」というものです。たとえば、「育ててくれた上司に申し訳ない」「上司をがっかりさせたくない」と考えてしまう人もいますし、中には「裏切られたと怒らせてしまうのでは」と考えて言い出せないという人もいます。

このような人のほとんどは、他人の気持ちや場の空気を敏感に読み取るタイプです。だからこそ「辞める」といった瞬間の空気や上司の顔色を先回りして想像してしまい、「怖くて辞めると言えない」というネガティブな気持ちになってしまいがちなのです。

理由(3)|経済面が心配

井上:そして、3つ目の理由が経済面の不安です。今の会社で働き続けることに限界を感じながらも、毎月一定の給料が入ってくることは安心材料でもあります。

会社を辞めるというのは、その安心を手放すことです。給料だけでなく、今の会社の人間関係や、これまで築いてきた仕事上の信頼関係などを捨て去って、別の会社でうまくやっていけるのか不安を感じるのは自然なことです。

井上:加えて、今より良い転職先が見つかるのかわからないという不安もあるでしょうし、たとえ良さそうな転職先が見つかったとしても、実際に入社してみないとどんな会社なのか本当のところはわからないという不安もあるでしょう。

そうした不安が先に立ってしまい、行動に起こせないというケースは少なくありません。

会社を辞められないことで失うもの5つ

井上:前述した通り、会社を辞めれば、今手にしているものを手放すことになります。そのことに不安を感じるのは当然でしょう。

でも、これまで多くの辞められない人を見てきた私の経験から言うと、会社を辞める決断ができなかったことで、逆に失ってしまうものもあるのです。具体的に言うと、それは「健康」「お金」「人間関係」「自己肯定感」「時間」の5つです。

1|健康

井上:「辞めたいのに辞められない」ことで引き起こされる最たる例が、ストレスによる睡眠障害です。

私が知っているケースでは、はじめは眠れないことで頭痛や倦怠感など体調を崩すといったことから始まり、最終的には通勤電車の中で、会社に1駅1駅と近づくたびに動悸が激しくなり、最後は出社できなくなってしまった人がいます。

メンタル面の不調というと、「気分が落ち込む」「やる気が出ない」という症状をイメージされる人が多いと思います。ですが、実はそうした精神面の変化よりも先に肌荒れや腹痛といった体の症状が出てくるです。

井上:身体の不調は心が助けを求めているサインです。精神の健康が損なわれると、最悪の場合は数年単位の治療が必要になることもあります。できるだけ早く休暇を取る、クリニックを受診するといった対応を取ることが大切です。

2|お金

井上:意外かもしれませんが、実はストレスフルな会社で働き続けることでお金は減っていくのです。キーワードは「ストレス解消」。溜まったストレスを解消しようと暴飲暴食をしたり、ショッピングに走ったりと、精神的に安定している時より確実にお金を使ってしまいます

中には、これまで払えていたはずの住宅ローンが払えなくなるほどお金を使い込んでしまった人もいました。ストレスが浪費につながり、日常生活に支障が出るほどの多額のお金を失う可能性があるのです。

3|人間関係

井上:ストレスを抱えていると、友人知人と疎遠になります。人と会うことは、ストレスの発散になる一方で、エネルギーのいることです。そのため、心が健康でない時には、あなたを元気づけようとしてくれる友人をうっとうしいとさえ思ってしまうようになるのです。

また、精神的に追い込まれていると、つい身近な存在の人にはつらくあたってしまうものです。大切な家族やパートナーに対してイライラをぶつけてしまったり、暴言を吐いたりして、関係がおかしくなることさえあります。

4|自己肯定感

井上:「辞めたいけど辞められない」という状態は、自分の本心を抑え込んで、ごまかしている状態です。そのせいで、自分を好きになれず苦しんでいる人がたくさんいます。

そこに前述したようなストレスによる浪費や人間関係の失敗が重なり、誰にも相談できず、一人で問題を抱え込んでしまい、さらに自信をなくしていくケースは少なくありません。

5|時間

井上:「辞めたいけれど辞められない」状態で会社に通っていると、仕事をしている時間は、「やりたくないことをやる」時間です。仕事以外の時間も、本当なら友人や家族と楽しく過ごせたはずなのに、一人でストレスを抱えてふさぎこむことになってしまいます。そこに健康被害まで加われば、治療に長い時間を費やさなければなりません。

井上:それほどもったいない時間が他にあるでしょうか。人生の課題は、いかに今という時間を幸せに過ごせるかです。それなのに、ストレスを抱えたまま会社にいつづけることで、本来幸せに過ごせるはずの時間が失われてしまうのです。

仮に「会社を辞める」と決心して次の仕事を探すにしても、年齢が若いほうが転職はしやすいはず。本当に限界を感じているのなら、早い段階で決断するべきではないでしょうか。

それでも「辞められない」と思う人は…

井上:「健康」「お金」「人間関係」「自己肯定感」「時間」。これら5つは、どれも人が自分らしく生きていくために大切なものです。これらのものを失ってまで続けなければいけない仕事、辞めてはいけない会社など存在するのでしょうか?

もし、「それでも辞められない」と思ってしまうのなら、次の2つのことを考えてみてください。

〈それでも辞められない人に考えてほしいこと〉

  1. 自分が辞めたら会社が潰れるのか
  2. 大切な人が自分と同じ状況に陥っていたら

1|自分が辞めたら会社が潰れるのか

井上:まず、自分が辞めたら会社が潰れてしまうのか考えてみてください。

なぜ会社を辞められないのか聞くと、「自分にしかわからない仕事がある」「自分が辞めたら仕事が回らなくなる」と言う人は少なくありません。でも、「あなたが辞めたら会社が潰れてしまうんですか?」と聞くと、みなさん「そんなことはない」と答えます。どこか矛盾していると思いませんか?

極論ですが、総理大臣ですら代わりがいます。Appleだって、スティーブ・ジョブズ亡きあとも立派に存続しています。

井上:真面目で責任感が強い人ほど、自分を犠牲にして会社のため、人のために何かしてあげようと思いがちです。でも、そんなことを続けていたら、会社が潰れる前に自分自身が潰れてしまいます。いい意味で、「自分がやらなくても代わりはいくらでもいる」ということを知っておいてほしいのです。

2|大切な人が自分と同じ状況に陥っていたら

井上:もうひとつ考えてほしいのは、親や友人、パートナーなど自分の大切な人が自分と同じ状況に陥っていたら、自分はどう声をかけるだろうかということです。

おそらく「しんどいかもしれないけど、頑張れ!」とは言わないはずです。むしろ、「そんなに頑張らなくてもいいよ」「もう辞めていいよ」と声をかけたくなるのではないでしょうか。

その言葉は自分のありのままの本音だと考えてください。その言葉をそのまま自分にもかけてあげてほしいのです。

井上:自分で自分の状況を客観的に把握するのは簡単ではありません。でも、自分の状況を第三者に置き換えてみると、冷静に自分の状況を自覚できるようになると思います。

また、誰かに自分の状況を話して客観的な意見をもらうことも大切です。医師の立場から見ると、すぐにでも会社を辞めるか休暇を取ったほうがいいと思うような人でも、自分の状態を自覚できていない人が本当に多いのです。

周りの人に相談するのはもちろん、ぜひクリニックも利用していただきたいと思います。

▼「辞めるのが怖い」と思ったら…

あなた自身より大切な仕事や会社なんてない

井上:産業医として、頑張りすぎて潰れてしまった人たちをたくさん見てきたからこそ、私は「自分の健康や幸せを削ってまで続けなければいけない仕事、辞めてはいけない会社など存在しない」と断言できます。

人生は何回だってやり直せます。「ここで頑張れないならどこに行っても無理」なんてことは絶対にありません。「辞めたらすべてを失う」と考えるのではなく、「辞めないことで失う」ものに目を向けてみてください。

その結果、「辞めたほうがいい」と思ったら迷わずリセットボタンを押してほしいと思います。それは人生を終わらせるボタンではありません。新しい人生を始めるボタンなのです。

取材・文/いしかわゆき(@milkprincess17

▼ストレスを溜め込みやすい人は…

▼「辞めてよかった」と言える自分になる

▼辞めるのは悪いことじゃない

この記事の話を聞いた人

産業医・精神科医

井上智介

島根大学医学部を卒業後、大阪を中心に産業医・精神科医として活動。産業医としては毎月30社以上を訪問し、一般的な労働の安全衛生の指導に加えて、社内の人間関係トラブルやハラスメントなどで苦しむ従業員にカウンセリング要素を取り入れた精神的なケアを行う。また、「おおざっぱに笑ってラフに生きてほしい」という思いから、「ラフドクター」としてブログやSNS、講演会などで心をラクにするコツや働く人へのメッセージを積極的に発信している。著書に『職場の「しんどい」がスーッと消え去る大全』(大和出版)など。

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